五色台の風によせて



高橋 光子
 何の予備知識もなくある日突然この物語を手にし、夜の更け
るのも忘れて読みふけってしまいました。もともと猫好きで犬
を苦手としておりましたので表面だけさらっと読んで終わって
しまわないかと多少の不安もありましたが、ひとたび文章に眼
を通すとそんなことはまったくの杞憂に終わっておりました。


 脳裏に浮かんだ鮮烈な情景に目を離すことも出来ず、早く続
きが読みたいとの衝動にあらがえないまま憑かれたように読み
切ってしまいました。

 眼前に広がる五色台。移ろいゆく鮮やかな四季の彩りを眩し
く感じつつ、そこに生きる野生児たちの哀しみを秘めたまっす
ぐな瞳を見つめていると、優しく暖かな感情が体の中に満ちて
まいります。都会の暮らしの中で見失っていた大切なものを呼
び起こしてくれた五色台の野生児たちと作者に深く感謝いたし
ます。

 作者は読み手に何も要求などしていませんが、淡々と綴られ
た文章を前に、人として己が生き方を深く考えさせられる、思
わず居住まいを正してしまう、そんな魂の交流が記された希有
な物語りだと感じております。

 日々の記録の積み重ねで、期せずして書かれたこのひとつの 
物語。洪水のように氾濫する新刊の中にあって、ただひとつの
小さな、けれど幾人もの人の心に静かな波紋となって広がって
いくお話のように思えます。
 神戸に産まれ育って楽天的に日々を送り、人との深い交わり
を好まずなるべく避けて過ごしていた自分にとって、哀しみを
背負いながらも優しく真摯に生きる人の姿は衝撃そのものであ
りました。


 また五色台の野生児たちの物語は、活字でしか知ることのな
い逝ってしまった子たちの姿をも鮮明に記憶の中に留めていっ
てくれました。この世で逢える命もふたたび逢えない命も、あ 
なた達のことは生涯忘れない・・・。

 たとえそれが僅かなものでも、人として生きることの哀しさ
を噛みしめながら、優しい心を持って人や生き物と接し、感謝
の心を忘れずこれからの人生を歩いていこうと思わせる出逢い
でした。

 五色台の風をどこにいても感じております。