石榴の実



10月27日
 珍しく暗い夜であった。二週間ほど前に痛めた左脚大腿骨関
節部の痛みがやっととれ始め、子供たちとの散歩ができるよう
になった。

 病状を気遣って夜の散歩係りを引き受けてくれていた友人の
お嬢さんが、今度は私の介添え役を務めてくれる。左手に少し
ばかり格好良く拵えて貰った杖を持ち、いつもは右手にしっか
りと握っている二本のリードを今夜は介添えの娘さんに預け、
ハーフガウン姿で勝手口を出る。

 水銀灯に照らされた夜の公園は静であった。風もなく、冷た
さもない夜が目の前一杯に広がっている。考えてみれば、ここ
十日ほどは局への出退以外は外に出たことはなかった。

 からからに乾ききっていた刑務所の塀沿いの散歩道にはいつ
の間にか青々とした雑草が葉を揃え、水銀灯の周りを飛び交っ
ていた夜の虫たちの姿も羽音も消えていた。

 歩く度に蹌踉けそうになっていた左脚の痛みも今夜は殆ど襲
ってこない。リードを外して貰ったベンジャミンと蘭が、漆黒
の中を雑草をかき分けて走っている音が耳に届く。
 「二階堂さん! 何でこんなに元気に走るんでしょう?」

 「えっ?」

 「だっていつもはタランタラン、フラリフラリとしか歩いて
  くれないのに、今はものすごく嬉しそうに走ってます」

 「そう……、嬉しいんだろうねえー……」

 荒い息づかいだけが耳に届いてくる。桜並木の下の暗闇の中
を二頭がじゃれながら右に左に疾走しているらしい。黒い雲の
間から淡い星明かりが地上を時折照らし出している。

 そのほんのちょっとした明かりの中に家々の勝手口を一軒一
軒丁寧に覗き込みながら父親の匂いを全身に受けた二頭が浮か
んでは消え、また木の下に黒い影と共に浮かんでくる。

 石榴の木のこんもりと茂った葉の間から小さな小さな青い実
が顔を覗かせていた。