夕方の動物病院は混雑していなかった。診察室脇のゲージの
中に一頭のオスのビーグル犬が横たわり、ゲージを囲んで三人
が心配そうな顔で立っていた。時々先生が様子を見に来る。
ももちゃんの診察をしている先生に尋ねる。
「どうしたんですか?」
「癲癇の発作です」
「かなり激しいようですけど……」
「ウン……、前回のときは簡単に治まったけど今回は……」
「人間の抗痙攣剤は効きませんか?」
「臨床データーがほとんどないみたいですからねぇ……」
「マンニットールは駄目ですか?」
「ええ、犬には応用できないようです」
「じゃあ、セルシン系統で抑えるだけでしょうか?」
「そうですね。でも今回は殆ど効いてないみたいです」
ゲージの中のビーグル君は、目を見開き、口をガクガクさせ
ながら四肢を突っ張って痙攣発作を頻繁に繰り返している。
ゲージの直ぐ横の人工保育器の中では、生後一ヶ月前後の猫
君が丁度三十秒に一回の割合で脳の機能障害に付随する剛直性
の痙攣発作を繰り返していた。ももちゃんは電気針による治療
に入っている。
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どうにもゲージの中のビーグル君のことが気に掛かる。先生
の奥さんが、一生懸命にビーグル君の首筋を揉みほぐしている。
全身を剛直させて痙攣発作を繰り返しているビーグル君の首筋
は恐らくカチンカチンに固まっていることだろう。
前日来、無理な姿勢でももちゃんの排尿のためのカテーテル
の挿入を繰り返したためと冷房のせいで突然の腰痛に襲われ、
数種類の鎮痛剤の併用で辛うじて動くことができていたのだが、
ここにきてももちゃんを抑えていることができないほどの激痛
に襲われ始める。
妻にももちゃんの介護を代わって貰い、ゲージの中のビーグ
ル君の方に近づく。首筋を揉みほぐしている間は発作が少しだ
け治まっている。先生の奥さんと交代して腰を折り曲げ両の手
で首筋を揉みほぐす。
発作の間は目を開いていても恐らく意識が遠のいているため
何も見ることはできないだろうビーグル君が、発作の合間にじっ
とこちらを見つめてくれる。
ほんの一瞬意識が還ってきたときの出来事であった。二十年以
上も前からビーグル犬と共に暮らしているだけに、何とか治っ
て欲しいという気持ちだけが先行する。
不思議なことにかなり不自然な姿勢でワン君の首筋を揉んでい
るのに、先程までの激痛が消えている。「頑張れ!」いつもの
言葉を残して病院をあとにする。
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