解ってくれたワン君!



8月11日 快晴酷暑
 夕方の動物病院は混雑していなかった。診察室脇のゲージの 
中に一頭のオスのビーグル犬が横たわり、ゲージを囲んで三人
が心配そうな顔で立っていた。時々先生が様子を見に来る。
ももちゃんの診察をしている先生に尋ねる。

 「どうしたんですか?」

 「癲癇の発作です」

 「かなり激しいようですけど……」

 「ウン……、前回のときは簡単に治まったけど今回は……」

 「人間の抗痙攣剤は効きませんか?」

 「臨床データーがほとんどないみたいですからねぇ……」

 「マンニットールは駄目ですか?」

 「ええ、犬には応用できないようです」

 「じゃあ、セルシン系統で抑えるだけでしょうか?」

 「そうですね。でも今回は殆ど効いてないみたいです」

 ゲージの中のビーグル君は、目を見開き、口をガクガクさせ
ながら四肢を突っ張って痙攣発作を頻繁に繰り返している。

 ゲージの直ぐ横の人工保育器の中では、生後一ヶ月前後の猫
君が丁度三十秒に一回の割合で脳の機能障害に付随する剛直性
の痙攣発作を繰り返していた。ももちゃんは電気針による治療
に入っている。
 どうにもゲージの中のビーグル君のことが気に掛かる。先生
の奥さんが、一生懸命にビーグル君の首筋を揉みほぐしている。
全身を剛直させて痙攣発作を繰り返しているビーグル君の首筋
は恐らくカチンカチンに固まっていることだろう。

 前日来、無理な姿勢でももちゃんの排尿のためのカテーテル
の挿入を繰り返したためと冷房のせいで突然の腰痛に襲われ、
数種類の鎮痛剤の併用で辛うじて動くことができていたのだが、
ここにきてももちゃんを抑えていることができないほどの激痛
に襲われ始める。

 妻にももちゃんの介護を代わって貰い、ゲージの中のビーグ
ル君の方に近づく。首筋を揉みほぐしている間は発作が少しだ
け治まっている。先生の奥さんと交代して腰を折り曲げ両の手
で首筋を揉みほぐす。

 発作の間は目を開いていても恐らく意識が遠のいているため
何も見ることはできないだろうビーグル君が、発作の合間にじっ
とこちらを見つめてくれる。

ほんの一瞬意識が還ってきたときの出来事であった。二十年以
上も前からビーグル犬と共に暮らしているだけに、何とか治っ
て欲しいという気持ちだけが先行する。

不思議なことにかなり不自然な姿勢でワン君の首筋を揉んでい
るのに、先程までの激痛が消えている。「頑張れ!」いつもの
言葉を残して病院をあとにする。