排泄も自力でできず、一日の内の殆どの時間を横臥したまま
で過ごしているももちゃんが闘病三十五日目を迎えた。
朝夕二回の病院通いは、自宅で導尿ができるようになって一
回になったものの、大好きな家の裏の公園での夜の散歩もでき
ず、夕食時に父親の膝にもたれ掛かっておこぼれに預かる楽し
みもないままに暑い夏の日が過ぎていった。
病院での頻回の導尿による膀胱炎の併発以来服用していた抗
生物質の副作用により食欲が廃絶し始め、舌色も胃粘膜の荒廃
を示すようになっていた。
血液検査の結果が出る。想像していたとおりGOT 53、
GPT 300、ALP 537と、薬物性の肝炎のデーターが
示される。
一切の医薬品の服用を取りやめ、殆ど効果は期待できないな
がらも、ミノファーゲンとブドウ糖の静注、そして胃粘膜の修
復のためのタガメット及び整腸剤の服用に切り替える。
一日、二日、三日、食指を示さないままの状態が続き、心配が
つのる。
「ももちゃん、ただいま!」
病室にしている書斎のドアを開けて帰宅の挨拶を送る。動か
ない後肢を踏ん張ってヨロヨロと立ち上がったももちゃんが大
きく尻尾を振っている! 動かなかった尻尾が大きく左右に振
られていた! 膝の間に崩れ込んで甘えるももちゃんの頭を撫
でながら、
「ご飯、欲しい?」
「ヒャン…………ヒャンヒャン」
甘えた声が返ってくる。
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ペット用の減塩いりこ、薄味で煮付けた牛肉、卵焼きとデザー
トのジャコ類をむさぼるように胃の中に流し込んでいる。肝機
能が少しは回復したのであろう、ビリルビンが排出されてかな
り黄色になっていた尿も透明度を増し、中毒性肝炎独特の臭気
も消えかかっていた。
「先生、そろそろリハビリを兼ねた散歩を短時間させたいと
思うんですが……」
「そうですね、ごく短時間なら……」
「じゃあ、五分間だけ!」
「良いでしょう……」
一日目の散歩は何事も起こらず、自力排尿の可能性もなかっ
た。食欲も回復し、便もやや軟便ながら正常に排出され始めた。
空腹を訴える声と、部屋の中を時折自力で這いながら水を飲む
姿に力が感じられる。
入浴を済ませ、就寝前に導尿をしようとカテーテルの消毒を
始めていた背中に向かって声が飛んでくる。
「さっき公園に連れて出たとき、二回おしっこをしました!」
「えっ……!」
「二回目は少しでしたけど一回目はちゃんとした量でした!」
「歩けたの?」
「いいえ、かなりよろよろしてましたけど……」
「そうかぁ……」
壁に背中をくっつけ、前後肢を軽く折り曲げたももちゃんが、
耳だけはこちらに向けて昼寝を楽しんでいる。闘病三十五日目
の日曜日が半分通り過ぎた。
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