台風一過



7月25日
 夜半過ぎに徳島県に上陸した台風四号、瀬戸内海を渡り岡山
県を縦断、日本海へ抜けたというニュースをまだすっきりとし
ない頭で聞く。かなり強い雨が降り続いていたことは知ってい
たが、まさかこんなに近くを台風が通り過ぎるなどということ
は想像もしていなかったことであった。

 庭のデッキチェアーに座り、新聞を片手に二階堂軍団の戦士
たちと午前中を過ごし、午後からは昨日逢えなかった太郎たち
に逢いに行こうと食パンを切り、食餌を用意して午後三時過ぎ
のいつもの時間を待つ。

 もう一つ神経が集中できず、部屋にいても何もしたくない。
本を読もうとしても散漫な神経が邪魔をして前に進まない。ま
た庭に出て優しく甘えん坊の戦士たちと遊ぶ。


 ももちゃんが膝の上の特等席を狙い、はち君は届かない手を
精一杯延ばして何とか遊んでもらおうと気をひいている。この
ところ庭で遊ぶ時間が多いせいだろうか、大五郎も玲もちびちゃ
んもみんな走ろうともせず、椅子の周りを取り囲んでじっとし
ていることが多い。

 涼しい風が時折吹き抜ける。しかし座っているだけで汗が滲
み出てくる。冷たい飲み物を運んできた妻君が怪訝そうな顔を
する。立ち上がってちびちゃんの御相手を一分もしない内に顔
に大粒の汗が吹き出してくる。動作が緩慢になっているようで
あった。

 いつもは予兆のある心臓発作が、今日は連続して襲いかかっ
てきていたのであった。急激な胸の痛みと締め付けという予兆
と共にやってくる発作が、今日に限って不快感と全身の倦怠感
という、いつもとは違ったパターンで午前中から警告を出して
いたのであった。

 五色台の野生児たちに逢いに行くことは無理であった。夕方 
近くまでベッドでおとなしく過ごす。いつもの日曜日なら、目
を輝かせて外出のタイミングを推し量る蘭とベンジャミンが、
おとなしくサイドベッドで付き合ってくれる。
 昨日の夜の海岸公園までの散歩が効いているのだろうか、妙
におとなしい二頭であった。時折蘭と目線が会うと、サイドベッ
ドからこちらのベッドに不自由な足で上がってきては、「大丈
夫?」という顔つきで覗きこみ暫く腕を枕に添い寝をしてくれ
る。体温が伝わり暑くなると、ベッドから降りて私の視線の届
く範囲で涼しそうなところを探して伏せている。


 去年の事故以来甘やかし過ぎたのであろうか、益々独占欲が
強くなり、散歩の時に見せるビーグル独特の鼻を地面に擦りつ
けるようにして匂いをかぎながら走るスタイル以外はまるで人
間の子供のような行動をとり、私の存在を最大限に活用して自
分の意志を通す蘭ちゃんが、今日は一言もぐずらず、静かに私
の傍で控えたままであった。

 午後九時過ぎ、涼しくなった家の裏の児童公園を通り抜け、
一周二キロ近い刑務所の塀沿いの散歩道をベンジャミンと蘭を
連れてゆっくりと歩く。

 リードを外された二頭が、もつれ合いながら夜の散歩を楽し
んでいた。途中、いつも出合うネコ君を追いかけ、涼をとるた
めに開けてある散歩コース沿いの犬好きのおじさんやおばさん
の家の勝手口を一軒一軒丁寧に覗き込む。


 つかず離れず、絶妙の距離を保ちながらのベンジャミンと蘭
の散歩、遊びながらも私の顔を覗き込みに必ず帰ってきては、
また二頭で走る。水銀灯に照らし出されたさくら並木の大きな
影の下を短足の二頭の小さな黒い影がもつれながら右に左にと
揺れている。

 体調の悪さを十分に理解しているベンジャミンと蘭のあどけ
ないやさしさと、五色台の野生児たちの無事を思いながらの月
のない夜の散歩であった。