ノミまみれのビーグル二頭



8月2日
 夕方五時過ぎのことであった。庭のデッキチェアーに座り二
階堂軍団の面々といつもながらの一時を過ごしていた。門のと
ころに藤本のおばちゃんがやってきて、

 「ちょっとオトウサン! 近所の○○さんのところにビーグ
  ルが二頭、早くきて!」

 「えっ!」

 「息子さんが海岸で拾ってきて大変、とにかく見て上げて!」

 もう一つ良く話が飲み込めないまま救急箱、ドライフード、
缶詰などの入れてあるケースを手に五、六十メートル先の○○
さんの家の玄関前に急ぐ。

 白茶のビーグルらしい仔犬が二頭、紐につながれキュンキュ
ンと啼いている。母親と二十五六歳ぐらいの息子の二人がにら
めっこの真っ最中であった。二頭の仔犬を抱き上げ、目、耳、
口の中を急いで見る。棄てられてすぐなのであろう、余り汚れ
てはいなかったものの、身体中ノミだらけであった。

 救急箱からノミ採りパウダーを出し、手で全身に摺り込むよ
うにして振り掛ける。犬缶を急いで開け発砲スチロールのお皿
に盛り付ける。おとなしくしていた二頭がもがくように食餌に
突進してくる。

 母親と息子は無言のままその二頭の様子を見ている。

 「確か、この間までシェルティを飼っていらっしゃいました
  ねぇ?」

 「ええ、でも欲しいという人がいましたから、あげました」

 母親の抑揚のない返事が突き刺さってきた。
 「二階堂さんのところにははち君がきたところだし、二頭は
  無理よねぇ!」

 藤本のおばちゃんが、さも一頭だけでも引き受けなさいとい
う目つきで私の方を見ながら、一頭の仔犬を抱き上げる。ノミ
採りの櫛を片手に奮闘三十分、二頭から百匹以上のノミを採る。
満腹になり、うとうとしている二頭を横に、ドライフード、犬
缶をありったけ手渡し、大きめの段ボール箱を仮犬舎にしつら
える。



 これ以上の協力は私には無理であった。ほぼ八割がビーグル
の二頭の雑種の仔犬を引き受けることは、自殺行為以上のもの
であった。道路上での応急処置だったためか、通りすがりの近
所の人たちが集まってきていた。ただの一人として、仔犬たち
に手を出す人はいなかった。珍しそうにノミ捕りパウダーで頭
から真っ白になった私と仔犬を見比べているだけである。

 空になったケースをさげて帰る背中に、仔犬たちの甘えた啼
き声が突き刺さり、一言の感謝の言葉もなかった迷惑そうな母
親の顔が追いかけてきているようであった。私が何か悪いこと
でもしたのであろうか・・・・・・・