夕方五時過ぎのことであった。庭のデッキチェアーに座り二
階堂軍団の面々といつもながらの一時を過ごしていた。門のと
ころに藤本のおばちゃんがやってきて、
「ちょっとオトウサン! 近所の○○さんのところにビーグ
ルが二頭、早くきて!」
「えっ!」
「息子さんが海岸で拾ってきて大変、とにかく見て上げて!」
もう一つ良く話が飲み込めないまま救急箱、ドライフード、
缶詰などの入れてあるケースを手に五、六十メートル先の○○
さんの家の玄関前に急ぐ。
白茶のビーグルらしい仔犬が二頭、紐につながれキュンキュ
ンと啼いている。母親と二十五六歳ぐらいの息子の二人がにら
めっこの真っ最中であった。二頭の仔犬を抱き上げ、目、耳、
口の中を急いで見る。棄てられてすぐなのであろう、余り汚れ
てはいなかったものの、身体中ノミだらけであった。
救急箱からノミ採りパウダーを出し、手で全身に摺り込むよ
うにして振り掛ける。犬缶を急いで開け発砲スチロールのお皿
に盛り付ける。おとなしくしていた二頭がもがくように食餌に
突進してくる。
母親と息子は無言のままその二頭の様子を見ている。
「確か、この間までシェルティを飼っていらっしゃいました
ねぇ?」
「ええ、でも欲しいという人がいましたから、あげました」
母親の抑揚のない返事が突き刺さってきた。
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「二階堂さんのところにははち君がきたところだし、二頭は
無理よねぇ!」
藤本のおばちゃんが、さも一頭だけでも引き受けなさいとい
う目つきで私の方を見ながら、一頭の仔犬を抱き上げる。ノミ
採りの櫛を片手に奮闘三十分、二頭から百匹以上のノミを採る。
満腹になり、うとうとしている二頭を横に、ドライフード、犬
缶をありったけ手渡し、大きめの段ボール箱を仮犬舎にしつら
える。
これ以上の協力は私には無理であった。ほぼ八割がビーグル
の二頭の雑種の仔犬を引き受けることは、自殺行為以上のもの
であった。道路上での応急処置だったためか、通りすがりの近
所の人たちが集まってきていた。ただの一人として、仔犬たち
に手を出す人はいなかった。珍しそうにノミ捕りパウダーで頭
から真っ白になった私と仔犬を見比べているだけである。
空になったケースをさげて帰る背中に、仔犬たちの甘えた啼
き声が突き刺さり、一言の感謝の言葉もなかった迷惑そうな母
親の顔が追いかけてきているようであった。私が何か悪いこと
でもしたのであろうか・・・・・・・
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