自分の体調の悪さから、朝ゴルフショップへ殆ど顔を出さな
くなっていたことで、いつも店先に座って食餌をじっと待って
くれていたタブ君に逢わなくなってかなりの時間が過ぎていた。
時折硝子越しにタブ君らしい影を見ることはあったものの、以
前のように頭を撫でたり、爪を切ってやったりすることはなく
なっていた。
夕方四時過ぎ、自宅に帰るべく店を出たところ、五十メート
ルほど離れたタブ君の家の前で、じっと立っているタブ君を見
つける。口笛を吹くと、こちらの方へ歩いてくる。大急ぎでタ
ブ君の方に歩き、久方振りの再会を歓びあう。相変わらず眼圧
のせいか、右目は飛び出しているし、白内障も進んでいるよう
であった。
自転車の前篭にシーズー犬を入れて帰ってきた同年輩の男の
人がタブ君の御主人であった。初対面の挨拶を済ませ、タブ君
の生い立ちについていろいろと尋ねる。
「雪の降る寒い日でしたか・・・・、前のマンションの生け
垣の隅で震えていましてねぇ・・・・。」
「はじめは飼う気もなくただ餌を与えていたんですが、居心
地がよかったんでしょう、住み着いてしまいました。
もう十年にもなるでしょうか・・・・・」
「そうだったんですか、でも、おとなしくていい子ですよ!」
「そうでしょう! この子は何か運を持ってるようです。御
近所の皆さんに結構可愛がられていますから」
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「名前は?」
「ないんですョ!」
「じゃ、タブ君だ!」
「はぁっ?」
「太ってタブタブでしょ、だから・・・」
「避妊手術を受けさせた後こんなにぶくぶくに
なっちまってねぇ」
もう十二、三歳にはなるであろうタブ君を前にしての中年男
の会話であった。白内障も何とかならないかと動物病院へ連れ
て行き、車庫の中に犬舎を作ってくれていた御主人が目尻にし
わを一杯よせて語ってくれる。午後五時頃になるとマンション
前の広場に訪ねてくる野良猫君のために、御近所から文句を言
われながら、隠れて食餌を運んでいること。犬猫を棄てる人た
ちへの苦言。降りしきる雨と同じように留まることを知らない
ように語り掛けてくれる。
車庫の段ボールの上に寝そべったまま二人の会話を聞いてい
るタブ君の表情は、穏やかで幸せに満ち溢れていた。
「あと何年生きてくれるであろうか!
夕陽のように静かに、そして優しく燃えつづけて欲しい」
そう思いながら大好物のビーフ缶を届ける。優しい雨が空か
ら落ちてきていた。
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