タブ君は棄て犬だった!



8月2日
 自分の体調の悪さから、朝ゴルフショップへ殆ど顔を出さな 
くなっていたことで、いつも店先に座って食餌をじっと待って
くれていたタブ君に逢わなくなってかなりの時間が過ぎていた。
時折硝子越しにタブ君らしい影を見ることはあったものの、以
前のように頭を撫でたり、爪を切ってやったりすることはなく
なっていた。

 夕方四時過ぎ、自宅に帰るべく店を出たところ、五十メート
ルほど離れたタブ君の家の前で、じっと立っているタブ君を見
つける。口笛を吹くと、こちらの方へ歩いてくる。大急ぎでタ
ブ君の方に歩き、久方振りの再会を歓びあう。相変わらず眼圧
のせいか、右目は飛び出しているし、白内障も進んでいるよう
であった。

 自転車の前篭にシーズー犬を入れて帰ってきた同年輩の男の
人がタブ君の御主人であった。初対面の挨拶を済ませ、タブ君
の生い立ちについていろいろと尋ねる。


 「雪の降る寒い日でしたか・・・・、前のマンションの生け
  垣の隅で震えていましてねぇ・・・・。」
 「はじめは飼う気もなくただ餌を与えていたんですが、居心
  地がよかったんでしょう、住み着いてしまいました。
  もう十年にもなるでしょうか・・・・・」

 「そうだったんですか、でも、おとなしくていい子ですよ!」

 「そうでしょう! この子は何か運を持ってるようです。御
  近所の皆さんに結構可愛がられていますから」
 「名前は?」

 「ないんですョ!」

 「じゃ、タブ君だ!」

 「はぁっ?」

 「太ってタブタブでしょ、だから・・・」

 「避妊手術を受けさせた後こんなにぶくぶくに
  なっちまってねぇ」

 もう十二、三歳にはなるであろうタブ君を前にしての中年男 
の会話であった。白内障も何とかならないかと動物病院へ連れ
て行き、車庫の中に犬舎を作ってくれていた御主人が目尻にし
わを一杯よせて語ってくれる。午後五時頃になるとマンション
前の広場に訪ねてくる野良猫君のために、御近所から文句を言
われながら、隠れて食餌を運んでいること。犬猫を棄てる人た
ちへの苦言。降りしきる雨と同じように留まることを知らない
ように語り掛けてくれる。

 車庫の段ボールの上に寝そべったまま二人の会話を聞いてい
るタブ君の表情は、穏やかで幸せに満ち溢れていた。


「あと何年生きてくれるであろうか! 
 夕陽のように静かに、そして優しく燃えつづけて欲しい」

 そう思いながら大好物のビーフ缶を届ける。優しい雨が空か
ら落ちてきていた。