ソファーの上でお腹を天井に向け、恭順の姿勢のまま、尻尾
だけは激しく左右に振りながら甘えるチャンスをうかがう蘭ち
ゃんと、何とか反抗させようと耳を噛んだり足を引っ張ったり
と、思いつける殆どの悪戯を繰り返してみる。小さく啼き声を
あげ、口を開いて咬む真似をするだけで抵抗はほとんどない。
半開きの口の前に鼻を持っていっても噛んではくれない。前
肢を噛んでみる。やはり小さな声を上げ咬む真似をするだけで
ある。
「私の時は本気で咬みにくるのに・・・・・!」
半分笑った眼で、半分本気で女房殿が続ける。
「蘭助! お父さんを咬みなさい・・・・・」
腕の上に首を載せた蘭ちゃんが余計にひっついてくる。こん
なやりとりにすっかり慣れてしまったのだろうベンジャミンが、
廊下の涼しい場所で顎を前に突き出し、前肢も後ろ肢も投げだ
した格好でこちらを見ながら眼をしょぼつかせている。
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右膝が曲がらない蘭ちゃんの代わりに、右顎から頬までを前
歯で柔らかく噛んでやるのが日課になっている。眼を細め、息
ができないくらい強く頬を押しつけてくる蘭ちゃん。
痒いところが掻けなかった蘭ちゃんの気持ちが解るような気
がする。少々しょっぱい味がするし、ときどきは蘭ちゃんの毛
が口の中に入り噎せることもあるが、これも親の努めなのだろ
う・・・・・。
散歩疲れと夜更かし癖の親父殿に付き合いすぎた蘭ちゃんが
ソファーで上向きになったまままどろみ、やっとやきもちやき
の蘭ちゃんの眼から逃れられたベンジャミンが、膝の上の特等
席を狙って目尻を垂らし、口を半分開けた笑い顔でにじり寄っ
てきた。
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