空の葬列



8月21日
 公園を抜け、帰宅を急ぐ車で溢れている車道横の自転車道を
二頭と共にゆっくりと海岸公園に向かう。

 ももちゃんの看病で殆ど外出することがなくなった父親と共
に一週間ぶりに散歩に出たベンジャミンと蘭が力一杯リードを
牽いて先を急ぐ。

 身体に当たる風がいつの間にか優しくなっていた。いつもは
途中からよたよたと緩慢な動作で暑さの中の散歩をするベンジャ
ミンが、今夜は颯爽と風を切って走る。信号を渡り総合体育館
と汚水処理場の間の道路を抜けると、急に目の前が広くなる。

 五十メートルほどの川幅一杯に水がたたえられ、細波が月明
かりの中でキラキラと輝いている。上空に浮かんでいる雲はも
う秋のものであった。川に沿って二百メートル、河口に架かる
橋を渡るともう海岸公園の木々の黒いシルエットが見え始める。

東に向きを変え、三十度の高さから煌々と地上を照らしている
十三夜の月に向かって自転車を進める。

 頬に当たる海風はひんやりと心地よく、雲の間から小さな星
たちが顔を覗かせ始めている。夜釣りの親子連れの間を抜けて
堤防の先端にたどり着く。

 魔法瓶の水をおいしそうに飲み干したベンジャミンと蘭が草
の中に入って行く。堤防に腰掛け北の空と海をぼんやりと眺め
る。
 右目の端に光が走る。顔をねじ曲げて東の空を見上げる。殆
ど満月に近い月が白い光を地上に投げかけているその直ぐ下で、
鈍い光が二度三度と走る。

 稲妻であった。北の空には低い雲が横に長く浮かんでいた。
西に向かってゆっくりと流れているその雲の頭から絹に包まれ
たような光が走る、頭から尻尾に向かって。

 五秒か十秒に一度、流れている雲のシルエットをゆっくりと
浮かび上がらせながら光が走る。その雲が丁度切れるあたりで、
今度は目が眩むような青い光が別の雲を浮かび上がらせる。
天空の三ヶ所で光が遊んでいる。

 閃光の中に遠くの島影が浮かび、細波が怪しく揺れる。防波
堤に座っている父親の両脇に、いつの間にかベンジャミンと蘭
がぴったりとくっついて座っている。

風が静かに通り過ぎて行く。暑かった夏の日が終わろうとして
いるのであろう。小さな星たちが数を増した空を見上げる。

短かった暑い夏の日、この夏の季節に巡り会い、訣れていった
犬たちのことを考える。あるものはたった一度だけの出逢いで
あり、またあるものは何度かの出逢いのあと、静に旅立っていっ
た………

天空にきらめく荘厳な光の葬列を飽きることもなく子供たちと
共に眺める。