「さあーももちゃん、オシッコですよ!」
ゴム手袋を左手に入れながら足下で横臥しているももちゃん
に呼びかける。両前肢を第一関節と第二関節で折り曲げお腹を
上にして「了解」の合図を送ってくる。
応接セットのセンターテーブルが即席の診察台に化ける。ヒ
ビテン液に浸してあるカテーテルを取り出し、管の中のヒビテ
ン液を排出。テラマイシンをカテーテルの先端に塗り、手袋を
した左手中指にもテラマイを塗布。大型の膿盆をお尻の横に置
いて、準備は整う。
左手中指を腟口までゆっくりと滑り込ませ、指の腹で尿道口
を探る。気が向けば呼びかけに対して尻尾を軽く振って答えて
くれるようになったももちゃん、受傷初期のように尿道口が開
いていない。余り無理に尿道口を押し広げるのもどうかと思い
ながら、腟口近くの尿道口の窪みを捜す。
カテーテルが尿道口に少しでも挿入されると、右後肢を軽く
挙げてカテーテルが挿入しやすいように協力してくれるももちゃ
んの仕草を頼りに何度かカテーテルを押してみる。
「コトッ!」挿入成功のような感触がカテーテルを握っている
右手に伝わってくる。しかし、十センチ位しか挿入できない!
カテーテルは尿道口を通り過ぎて膣の中に入っている。
上半身を捻った姿勢でももちゃんが顔を覗き込んでいる。
中指の腹は確実に尿道口を探り当てている、しかしカテーテ
ルは進んでくれない。もう一度カテーテルと中指にテラマイを
塗布して尿道口を探る。確かに手応えがある、でもカテーテル
からは何の反応も返っては来ない。ももちゃんがじっと覗き込
んでいる。
「はいはい、お父さんは下手ですから……ごめんね!」
ももちゃんの目が笑っている。悪戦苦闘数分! やっとカテー
テルが膀胱に届き、細い管を通して少しだけ濃いめの尿が排出
され始める。上腹部から下腹部に掛けて揉みほぐすようにして
膀胱を圧迫しながら尿の排出を助ける。膿盆に鼻をできるだけ
近づけて尿臭を確認する。微かに薬品臭以外の匂いが混じって
いるようだ。アルコール綿を持って介助している妻に尋ねる。
「おい、ちょっと匂わないか?」
「うーん、余り……」
「尿も少しだけ濁っているみたいに思うけど?」
「そうですか……」
医学的なことに関しては全く頼りにならないことは解ってい
ても、やはり自分の身内のことになると判断が難しくなる。
受傷後間もなく導尿に起因すると思われる膀胱炎を併発し、
以来抗生物質のミノスタシンの服用を続けてきたこともあり、
副作用の胃腸障害が出てきているももちゃんにこれ以上の内服
薬の投与は好ましくない。勿論タガメットを主に、胃腸障害の
緩解には努めてはいるのだが…
しかし尿の匂いが気にかかる。透明感にも何かしら疑念が湧
いてくる。食欲が落ちているももちゃんにこれ以上の負担はど
うであろう?
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「薬品ケースを持ってきて」
「はい」
「その中に大きくて丸い白い錠剤があるだろう?」
「大きい錠剤ですね?」
「ウン」
「これですか?」
「違う、それは肝機能促進剤だ。もっと大きいやつ……」
「じゃあ、これ?」
「そう、それ……」
「何のお薬ですか?」
「サルファー剤」
「何に効きますの?」
「膀胱炎とか、細菌感染症のお薬だけど……」
「へえー」
「今は人間にはあまり使われなくなったけどね」
「どうして」
「いろいろと抗生物質が出ているから」
「じゃあ、このお薬だとももちゃんの胃の調子は大丈夫なん
ですね?」
「ウーン、余り良くはないけど、ミノスタシンの長期服用よ
りはましかも……」
抗菌剤ウロサイダルを使うことにする。二百CC程の尿が排
出され導尿は無事終了である。今度は腟口の洗浄であった。
壁に吊るしてある生理食塩水のプラボトルから延びている輸液
セットの管を腟口に挿入、管に添えた指先で周囲の粘膜を柔ら
かく洗浄、大型の注射筒の先端に取り付けたゴム管を膣に挿入
して勢い良くポンプを押す。流石にももちゃんがイヤな顔をす
る。粘膜周囲に抗生物質を塗布して洗浄は終わった。
「はい、今度は体温ですよ……」
ももちゃんが逃げ始める。尻尾を持ち上げ、アルコールで消
毒された体温計が肛門の奥深く挿入される。括約筋が体温計を
押し戻そうとぴくぴくと痙攣を繰り返す。押し戻そうとする力
が体温計を持っている左手に強く伝わってくる。体温計を押し
止めている力を抜いた瞬間、一筋のウンチと共に体温計が体外
に排出された。体温三十八度丁度!
「おーい、ももちゃんウンチ!!!」
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