お父さん先生頑張る!



8月7日
 長さ二十五a強の金属製の尿管カテーテルを、見えない尿道
口を捜しながら膀胱まで挿入する! 腟口の下部に尿道口は存
在しているはずである。

 外科手術用の滅菌手袋を左手に入れ、右手にはカテーテル!
先ずカテーテルの滑りを良くし細菌感染を防ぐためテラマイシ
ンをカテーテル先端に塗布。

 左手中指を腟口に滑り込ませる。第一関節と第二関節の丁度
中間ぐらいのところが腟口である。中指の先端で尿道口を探る。
それらしき感触は伝わってこない!

 少々窮屈な腟口からさらに指を奥に滑らせる。微かに中指の
先にコリッとした感触が伝わる。しかし、それが尿道口である
確証はない。

 中指の腹に沿ってカテーテルを滑らせる。多分この感触の所
であろうと思われる場所にカテーテルの先端を導き、恐る恐る
右手でカテーテルを押す。鈍い感触と共にカテーテルが滑り込
む。

カテーテルの先端が二十aほど入ったところで、淡黄色の尿が
排出され始める。血液の混入もなくスムーズな排尿が続く。
下腹部を揉むようにして押しながら排尿を介助する。

 「獣医の先生でもカテーテルの挿入が難しいという人がいま
  すから……」

 そう言って脅されていたことが嘘のように何の抵抗もなく挿
管出来たのであった。ももちゃんの顔が心なしか和んでいるよ
うに見える。血管注射のときでもそういえばそうであった。
 獣医の先生が注射筒を持って前肢を握っただけで、全身を硬 
直させ何かに耐えているような態度を示すわが家のワンちゃん
たちも、お父さん先生が、何度も失敗をしながら血管をようや
く探り当て静脈注射をするときは、どこにも力を入れずおとな
しくされるがままになっているのが常であった。

 「これで、ももちゃんが尿を溜めて苦しい思いをしなくてす
む」そう思った次の瞬間、一昨日から痛んでいた下腹部に鈍く
重い痛みが走る。

 痛みは背中にまわってきている。左腎臓の下部が絶え間のな
い鈍痛とだるさに襲われ始める。殆ど立ち上がることが出来な
いほどの痛みが続く。どうやら左腎臓の中心部に確認されてい
た結石が移動し始めているようである。

 「今入院治療は出来ない、ももちゃんの通院が終わるまでは
無理だ!」恐らくモルヒネでしか止めることは出来ないであろ
う痛みに果たして耐えることが出来るであろうか? 痛みを極
限まで我慢することが、持病の心臓に与える影響は?
次々に不安が頭を横切る。

 この時のために用意していた強力な痛み止めの錠剤を喉の奥
に流し込みながら気持ちよさそうに目を閉じているももちゃん
を眺める。「よーし、これで大丈夫、頑張るぞ! ももちゃん
も頑張れ!」

 あと一ヶ月近くはお父さん先生が頑張らなければならないの
だろう……痛みが少しずつ遠のいていくようだ。