主人に抱かれて予備診察台の上でじっと座って待っている小
さな雑種犬がずっと気になっていた。
患蓄の多いこの動物病院では三十分位の待ち時間は当たり前
のことである。待合い室のソファーに座って順番を待っている
主人の正面に座り、微かに動くこともせずに主人の顔を見つめ
ていたこの小さなワン君がいつも心のどこかに存在していた。
ポメラニアンと殆ど変わらない大きさの柴犬である。
昨日の診察のときであった。待合い室で偶然隣り合わせに座
ることになったこの小さな柴犬の飼い主と話をする機会に恵ま
れたのである。
「小さくておとなしいですねぇ!」
「はい」
「おいくつですか?」
「もう九つか十になります」
「じゃあ、家のももちゃんと一緒だ……、具合が悪そうです
けど、どうしたんですか?」
「フィラリアで、もう永くないそうです……」
伏し目がちに答えてくれたお嬢さんの大きな目には涙がこぼ
れんばかりに溜まっていた。何も語りかけることは出来ない。
待合い室の床に座り、お座りの姿勢のままじっとしているおち
びちゃんの腹部をそっと触ってみる。
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腹水でパンパンに膨れ上がった腹部が床に届きそうであった。
背中から尾部にかけてゆっくりと撫でる。膨れ上がった腹部と
は対称的に背骨が浮き出ている、胸骨も……。脱水症状もかな
り進んでいるようである。つまみ上げた皮膚がなかなか元に戻
らない。
「殆ど食事をしなくなりました……」
「乳鉢で赤身の肉をボイルしたものをすり潰して注射筒で飲
ませてあげたらどうですか?」
「はい……」
「大丈夫ですよ! 頑張ってくれますよ!」
急激な腹部の膨満から既に胸水も溜まっていることは容易に
推察できる。外見上は正常な呼吸に見えるものの、恐らく肺機
能は半分以上消滅していることであろうし、脱水症状の進行具
合からも、食物の自力摂取などの意志もほとんどないのであろ
う。「頑張れ!」そう言いながら頭を撫でている私の方を大き
な瞳で静かに見ている。
「左肢も悪そうですね!」
「ええ、産まれたときからこうなんです」
「そうですか、でもかわいい顔で頑張ってますから……
しっかり看病して下さいね」
診察室に呼ばれたおちびちゃんが、左肢を挙げた三本肢でゆ
っくりと歩いていった。あと何度このかわいい顔をしたおちび
ちゃんに逢うことが出来るのだろうか…………
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