蘭ちゃんを庇いながらベンジャミンが目を垂らして自転車を
牽く。時折私の顔を覗きこんでペースが合っているかどうか確
認しながら海岸公園迄の二キロを完走。リードから離された二
頭がじゃれあいながら潮の香りの漂う公園を走る。
ベンチに腰掛け、風のない海を眺めながらベンジャミンの後
ろ姿を追いかける。もう間もなく七年が過ぎようとしている。
ノミと毛玉だらけで薄汚れを通り越した、元は白かったであろ
う限りなく黒く汚れたベンジャミンを、雨に濡れるのを口実に
家に連れて入り、台所の隅、応接間の椅子、二階の寝室と一日
毎に場所を広げ、ついに二階堂家の長男として迎え入れること
に成功した日が、まるで昨日のことのように思える。あっとい
う間の七年であった。
ビーグル犬以上の大きさの犬を飼育したことがなかった七年
前、ベンジャミンの到来は、ある意味で大きな転換点であった。
体力的な問題から、散歩も家の近くの刑務所の周囲を歩いて一
周するのが精一杯であったし、まして自転車で往復六キロをベ
ンジャミンと共に走るなどということは、まさに想像すらでき
ないことであった。
最初の一年、雨の日以外は歩いて、二年目からは暑い日も寒
い日も自転車で往復。今は蘭ちゃんとベンジャミンの二頭を連
れての往復。ベンジャミンのくれた大きなプレゼントである。
|
中型犬のベンジャミンには歩いて刑務所の周りを一周するだ
けでは運動不足、何とか適度の運動量を確保しなければと始め
た自転車での散歩が、私の足を鍛え、寒さに対する抵抗力をつ
け、病気と闘う気力までも与えてくれたのである。
それだけではない、休日には五色台へ出掛け、自然遊歩道の
登り下りのきつい坂道を何とか歩けるようになり、太郎たち五
色台の野生児に出会うきっかけをも創ってくれたのである。
七年前も、そして今も、ベンジャミンの表情は何一つ変って
はいない。痩せてどす黒く汚れていた毛並みが、つやつやと白
く光り、中年太りも手伝って堂々たる体格に変ってはいるもの
の、やさしさをたたえた目も、短い脚でちょこちょこと走る独
特の可愛さも、変ってはいない。 ただ七年が過ぎようとして
いるだけであった。
南の空に金星がキラキラと輝き、西の空の下には太郎たちの
いる五色台が夕日を背に黒いシルエットを描いていた。雨上が
りの瀬戸内の夕凪の時間であった。
公園の樹々の間を走り抜け、時折海の中を覗きこんではまた
追いかけたり追いかけられたりしながら遊んでいる蘭ちゃんと
ベンジャミン。頑張らなければ・・・・
|