大五郎、家の中に



8月21日
 一向に晴れ上がる様子を見せない空模様に、狭い庭の中で遊 
ぶわが家の子供たちも少々辟易しているようである。デッキチ
ェアーに座って子供たちのお相手をしていると、頭の上の方か
らとんでもないお客様が落ちてくる。毛虫君である。

 今年は大五郎やはちたちが新しく仲間入りしたため、害虫防
除のための薬剤散布を見送ったのが原因のようである。桜の木
は葉っぱを全部食べられて丸裸であり、隣の杏の木も風前の灯
火である。


 おそらく千匹とは言わない数であろう。ばりばりという木の
葉を食べる音が聞こえてくるほどである。毛虫の害と、防虫剤
の子供たちへの危険性を秤に掛けた結果の選択である。半袖の
腕に毛虫が落ちてきたときの、むず痒い何とも言えない気持ち
の悪さにも大分慣れてはきたが。アレルギー持ちの体の方は全
身軽い蕁麻疹に覆われ、眠りに就くまで結構苦しめてくれる。

 親ばかと言われればそれまでのことなのであろうが、狭い庭
の中を一生の住処としているわが家の子供たちへのせめてもの
親心とでもいうことなのであろう。

 その上に、嬉しいことなのだが実にやっかいなことが持ち上
がったのである。玲ちゃんとももちゃんそしてちびちゃんが生
理を迎え、大五郎が丁度八ヶ月齢を越えたところである。まだ
まだ成犬とは言えないものの大五郎君、男の子から男性に成長
していたのである。

 八頭の子供たちのうち男の子はベンジャミン、大五郎そして 
はち君の三頭だけ! 九月には去勢手術をしなければと思って
いたのだが、どうもこのままでは不測の事態も起こりかねない
ような雰囲気である。

 去勢手術後も一週間ぐらいは危険性があるということなので、
この際、細君殿の御機嫌のいいのを幸いに大五郎を家の中に入
れることにした。

  お風呂に入れてやり、すっかり男前になった大五郎を書斎に
迎えたのはいいのだが、案じていた通り蘭ちゃんの嫉妬心をい
たく刺激してしまったようである。

 そればかりかベンジャミンも、うるさくつきまとう大五郎を
嫌がって威嚇する始末! その上に大五郎も庭のちびちゃんた
ちを恋しがっての遠吠えときたのであった。
 ベンジャミンに相手にされず、蘭に攻撃され、行くところが
なくなると私の顔を見ては鼻をクンクンならす。しばらくはお
となしくしているものの、五色台から連れて帰ったままで排便
の躾などは全くしていないため、書斎と寝室の絨毯は格好のト
イレに早変わり。

 悪いということを教えていないのだから怒るわけにもいかな
い。私の顔を見ながら気持ちよさそうに絨毯の上に放尿してい
る大五郎を、ただ崩れた笑顔で見ている他はないのであった。

 夜中にドンという振動で目を覚ますと、ベッドの上に大五郎
が正座して私の顔を覗き込んでいる。一緒に寝るのかと思い場
所を空けてやるとベッドから降りる。足をぺろりと舐めてはク
ンクンと鼻声で甘える。これが明け方まで続くのである。
毛虫による蕁麻疹と大五郎の夜討ち朝駆け! あと十日ほどは
この状態が続くのであろう。

 こういうことでもないと庭の子供たちと一緒に寝ることもな
いということを考えると、身体は確かにだるいのだが、大五郎
の長い顔の中に母親の胡桃の面影を、父親の太郎の仕草を見な
がらの夜更かしも満更捨てたものではないように思える。

 好事魔多し・・・家の中に入った大五郎はそれなりに過ごし
ているのだが、治まらないのは甘えん坊の「はち」。椅子に座っ
た膝に飛び乗ってくるまでに成長した「はち」君、一人外に置
かれている憤懣を庭木で晴らしているようである。花壇のあち
こちにぽっかりと大きな穴があき、椿の大きな枝が根本からポッ
キリと折られている。もちろん木製のベンチは角が丸くなって
いるし、プラスチック製の犬舎の入り口も鋸の歯のようにがり
がりになっている。

 たった一日でこの有り様だということを考えると、あと十日
で一体何事が起こるのであろうか。あまりにも想像したくない
出来事のようである。

 犬に明け犬と共に暮れる二階堂家のこれからの一週間余、楽
しい戦争の日々になりそうな気配が漂っている。


 夏の終わりを告げる蝉時雨がひときわ大きく樹々の枝を震わ
せている。