中年のご夫婦とお嬢さんの三人が小さな診察台を取り巻いて
心配そうに家族の一員であろう大型の秋田犬の雑種を見つめて
いた。
獣医師と助手の二人が難しい顔をしたままで、横たわってい
るワン君の診察をしている。尿道に挿入されたカテーテルの先
端から勢いよく尿が大型の膿盆に排泄されている。
あまりの勢いに膿盆の表面の液体が白く泡立っていた。
背骨の周辺を触診していた先生の表情は険しかった。三人の
家族も目線をワン君の上に落としたまま一言も言葉を交わさな
い。緊迫した空気が診察室から待合い室に流れてくる。口輪を
入れられているワン君が時折哀しそうに呻く。
「よしよし、…………」
ご主人であろう痩身の男の人がワン君の頭を撫でながら心細
そうに呟く。誰も喋ろうとはしない。
何本かの筋肉注射を終えて先生が初めて口を開いた。
「痛み止めの座薬をお渡ししておきます。痛んでいるようだっ
たら挿入してあげて下さい」
「はい、……」
「暫く様子を見なければ何とも言えませんが、このままの状
態で動けないようでしたら楽にしてあげることも考えない
といけませんね! その覚悟だけはしておいてください」
診察中に急死した野良の背中を撫でながら懸命に涙が流れる
のを堪えていた動物好きの優しい先生が、努めて感情を抑えた
声で告げていた。
|
膝の上で甘えている「もも」を見て隣の椅子に座っていたご
婦人が話しかけてくる。
「どうしたんでしょうか?」
「多分、脊椎に腫瘍が出来ているのかヘルニア……脊椎損傷
かもわかりませんね……」
「可哀想に…、お宅のお嬢ちゃんはどうなさったんですか?」
「姉妹でじゃれていて背中を痛めたらしいんです、下半身が
麻痺してますから……」
「かわいいお顔をして、あまちゃんですねぇ……」
「はい、内弁慶で困ります」
他愛のない会話を交わしながらも、目は診察室から離れなかっ
た。時折聴こえてくるうめき声が堪らない。三十キロはあるか
と思える大型のワン君を両手で抱き上げてご主人を先頭に家族
が帰っていった。診察台に「もも」を横たえながら尋ねる。
「先生?」
「ウン…………」
それ以上訊くことは出来なかった。同じような症状でも、導
き出される結果には大きな落差がある。動物病院で繰り返され
る歓びと哀しみの交錯した生命のドラマ! どの子も元気になっ
て欲しい……どんな子も少しでも長く幸せな刻を送って欲しい!
生命の灯火の消える瞬間を心ならずも垣間みることの方が遥
かに多い動物病院の診察室で愛娘を膝に抱きかかえながら……
独り祈る…………
|