抜糸も無事終わり、庭の古巣へ帰った大五郎は仲間たちの大
歓迎を受け一夜を過ごす。はち君という格好の遊び相手を得て、
憶病で警戒心の強い大五郎も庭の中ではまさに王子様である。
どこからあんな勇気が湧いてくるのであろうと思うほど元気に
はち君を追いかけ、倒し、のしかかって行く。
ベンジャミンたちと散歩に出かけても、百メートルも行かな
いうちに寝転がって行進を拒否、ひたすら家の中に帰ろうとし
た大五郎と同じワンちゃんであるとは、想像もできない変貌ぶ
りである。
さて、大五郎のお相手はち君! ヌーボーとした顔に似合わ
ずすばしこく、また大の悪戯好きである。遊び疲れて膝の上で
うとうととし始めたのをいいことに身体検査。
ノミアレルギーを起こしているようであったが、至って健康!
お腹を重点的に観察。
「あれっ! ない! 確かに男の子のはずなんだが・・・・」
男性器の下にくっついているはずのものがないのである。食
べ過ぎでぱんぱんに膨らんだ下腹部を指先で探って行く。男性
器の付け根のところに一個、肛門の近くに殆ど発達していない
小さい塊が一個、何れも腹腔内に埋没したままの状態で存在し
ていた。
停留睾丸と睾丸形成不全の疑いが濃厚である。時期を見て手
術に踏み切らなければならないだろう。あどけない顔で居眠り
をしているはち君の顔をじっと見つめる。
「よくこの家にきてくれた! 大丈夫、ちゃんとなおすから」
寝顔に向かって静かに微笑みながら語りかける。
|
部屋に戻って考え込んでいる私をベンジャミンが呼びにくる。
顔に似合わずつぶらな瞳が散歩を催促し、両前肢を延ばして首
に巻き付けて甘える。一段と高くなった空にうろこ雲が浮かび、
乾いた秋の風が頬をかすめる。
目尻を下げた笑い顔で一生懸命に自転車を追いかけてくるベ
ンジャミンと、悪戯が過ぎたためリードを放してもらえない蘭
ちゃんの二頭が海岸公園めざしてよたよたと走る。自転車の前
篭に入れた水筒が踊る。
釣り糸を垂らした大勢の人々の間を駆け抜け、防波堤の先端
にたどり着く。浅瀬の所々に白い大きな水鳥が羽を休め、時折
小魚が銀鱗を空中に踊らせる。堤に腰を下ろし東の空を見上げ
る。くらくらっと目が回るような青い空の中に通り過ぎて行っ
た野良たちの優しく哀しそうな顔を見る。
左右に座り、遠くを見つめていた蘭ちゃんとベンジャミンが
急に擦り寄ってきてしきりに顔を舐める。西の空からの太陽の
光を浴びた白い雲が銀色に輝き、季節遅れの夾竹桃の紅い花が
心細そうに夕暮れを迎えていた。
黄金色に輝いている夕日が静かに静かに五色台の稜線の中に
消えて行き、残光の中に輝いている海面に細波が走った。
|