秋 日 和



9月5日
 抜糸も無事終わり、庭の古巣へ帰った大五郎は仲間たちの大
歓迎を受け一夜を過ごす。はち君という格好の遊び相手を得て、
憶病で警戒心の強い大五郎も庭の中ではまさに王子様である。
どこからあんな勇気が湧いてくるのであろうと思うほど元気に
はち君を追いかけ、倒し、のしかかって行く。

 ベンジャミンたちと散歩に出かけても、百メートルも行かな
いうちに寝転がって行進を拒否、ひたすら家の中に帰ろうとし
た大五郎と同じワンちゃんであるとは、想像もできない変貌ぶ
りである。

 さて、大五郎のお相手はち君! ヌーボーとした顔に似合わ
ずすばしこく、また大の悪戯好きである。遊び疲れて膝の上で
うとうととし始めたのをいいことに身体検査。

 ノミアレルギーを起こしているようであったが、至って健康!
お腹を重点的に観察。

 「あれっ! ない! 確かに男の子のはずなんだが・・・・」

 男性器の下にくっついているはずのものがないのである。食
べ過ぎでぱんぱんに膨らんだ下腹部を指先で探って行く。男性
器の付け根のところに一個、肛門の近くに殆ど発達していない
小さい塊が一個、何れも腹腔内に埋没したままの状態で存在し
ていた。

 停留睾丸と睾丸形成不全の疑いが濃厚である。時期を見て手
術に踏み切らなければならないだろう。あどけない顔で居眠り
をしているはち君の顔をじっと見つめる。

「よくこの家にきてくれた! 大丈夫、ちゃんとなおすから」

寝顔に向かって静かに微笑みながら語りかける。
 部屋に戻って考え込んでいる私をベンジャミンが呼びにくる。
顔に似合わずつぶらな瞳が散歩を催促し、両前肢を延ばして首
に巻き付けて甘える。一段と高くなった空にうろこ雲が浮かび、
乾いた秋の風が頬をかすめる。

 目尻を下げた笑い顔で一生懸命に自転車を追いかけてくるベ
ンジャミンと、悪戯が過ぎたためリードを放してもらえない蘭
ちゃんの二頭が海岸公園めざしてよたよたと走る。自転車の前
篭に入れた水筒が踊る。

 釣り糸を垂らした大勢の人々の間を駆け抜け、防波堤の先端
にたどり着く。浅瀬の所々に白い大きな水鳥が羽を休め、時折
小魚が銀鱗を空中に踊らせる。堤に腰を下ろし東の空を見上げ
る。くらくらっと目が回るような青い空の中に通り過ぎて行っ
た野良たちの優しく哀しそうな顔を見る。

 左右に座り、遠くを見つめていた蘭ちゃんとベンジャミンが
急に擦り寄ってきてしきりに顔を舐める。西の空からの太陽の
光を浴びた白い雲が銀色に輝き、季節遅れの夾竹桃の紅い花が
心細そうに夕暮れを迎えていた。

 黄金色に輝いている夕日が静かに静かに五色台の稜線の中に
消えて行き、残光の中に輝いている海面に細波が走った。