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赤 い 靴



2月22日
「待ってよ〜」
 コツコツコツコツ・・・カッカッカッカッカッカッ、愛嬢
「蘭」の散歩の時の足音である。去年の五月、散歩の帰途輪禍 
にあってからもう十ヶ月が過ぎようとしている。

 折れた右脚は手術でつながったのだが、座骨神経切断の後遺
症からであろうか、膝関節が曲がらず、脚先の神経麻痺も影響
して脚の甲が地面の方を向いたままである。


 包帯を何重にも巻き、その上から柔らかい革で造られた赤い
靴を履かせて散歩に出かける。往復およそ六キロの散歩コース
は、川沿いの土手を走り抜け、ゴルフコースの横を通り海岸公
園へ。全てアスファルトで舗装されている生活道路を通ること
になる。途中からリードを離し、自転車の私との競争になる。
自転車の私が先頭、そのすぐ左横を蘭が走り、やや遅れて蘭を
ガードする形でベンジャミンが追走するのである。
 なめし革の赤い靴は一回の往復で、脚先から甲にかけての部
分がすり減って穴が開いてしまう。うっかりするとその中の包
帯まで摩擦で擦り減り蘭の脚から血が出てしまうこともある。
デパートに出かけ、靴の修理コーナーで鋲を打って貰い補強し
てみる。それでも三回の散歩が限界であり、鋲とアスファルト
の摩擦で火花が散ることもあった。同じ色の革を何重にも重ね
張りをしてもみたが、二回と保つことはなかった。

 膝の関節が元通り曲がるようになれば脚先を地面で擦ること
もなくなることは解っていた。何度も何度もマッサージをしな
がら、膝の屈伸運動を試みてはいるものの、いっこうに自分で
曲げることをしない。余り強く試みると痛いのであろうか、膝
の上から必死に逃げようとする。

 絶縁用の赤いビニールテープを短く切り、何重にも張り付け
てみた。靴先は少々固くなるが、すり減って破れたところをま
たビニールテープで補強してやると、何とか一週間は保つこと
が解った。その結果が、コツコツコツ・・・カッカッカッカッ
カッという音になるのである。
ひと休み・・
 一才の誕生日が過ぎてもう三ヶ月以上にもなる蘭ちゃん、自
分の体重よりはるかに重い先住民のベンジャミンに遠慮などす
ることは決してない。

 自分が遊びたいと思えば、ベンジャミンの思惑などは何処吹
く風、頭にのしかかってゆくは、胸毛に咬みつくは、それこそ
したい放題のやりたい放題。迷惑そうな顔をして相手をしてい
るベンジャミンの優しさがなんとも嬉しい。でも、目線が蘭ちゃ
んの脚下に移るとき、胸を刺すような痛みが走るのであった。

 赤い靴を履いてさっそうと走る蘭ちゃん。コツコツコツコツ 
カッカッカッカッ・・・ベンジャミンと芝生広場を走っている
夢でも見ているのであろうか、ベッドの中の蘭ちゃんが追い啼
きのような声を出し、また眠りに就いた。

 明日はいい天気であって欲しい。