夢は枯れ野を駆けめぐる



1月21日
 この一週間、局に出ても早退を繰り返し、遂に今日は局に出 
ることさえできなかった。寒に入り厳しい冷え込みが続いてい
る。五色台の野生児たち・海の野生児たちに給餌に出掛けるこ
ともままならない。

 寒さの中で食餌を十分に採ってくれているだろうか? 夜寝
るときは、みんなで固まって寒さを防いでくれているであろう
か? 病気はどうだろう・・・・・など、次から次へと心配が
湧いてくる。

 心配になったのだろう、昨夜はベンジャミンと蘭がベッドか
ら離れなかった。二頭に挟まれて寝るのは、本当はかなり窮屈
なことである。特に体重十七キロのベンジャミンが左側にぴっ
たりとくっついているため、寝返りも打てず、布団も引っ張ら
れ、病身にはこたえる。しかし、顔を合わすと心配そうに覗き
込み、かなり長い時間ぺろぺろと顔中を舐め回して心配してい
ることを伝えてくるベンジャミンの真剣な表情に、「頑張らな
ければ」と気を引き締められるのも、また嬉しい家族愛の一つ
である。

 昨夜の散歩のときに見た久しぶりの茜空が、瞼の奥から離れ
ない。黒い五色台の稜線からのびて空全体をを彩っていた茜色!
 「あの茜空の下に、太郎も胡桃も権兵衛もクロも、みんな元
気に駆け回っているんだ!」そう考えながら眺めた西の空だっ
た。見事なまでに空間を切り裂いていた五色台の稜線と、その
山々を包み込む茜色の空! 哀しくもあり美しくもあった夕暮
れの一刻であった。

 木枯らしに吹かれて回る走馬燈のように夢が回転する。いろ
いろな景色があったような気がする。いろいろな顔もあったよ
うな気もする。寒い日も、暑い日も、雨の日も、風の日も・・
いろいろな毎日があった。何も浮かんでこない。

 バラバラに浮かんでくる古びた写真のような情景を、懸命に
脳裏に書き留めようとする。太郎やクロ達の一つ一つの動作を
思い出そうと目を閉じる。浮かんでくる情景が止まってくれな
い。

 捕まえることのできない写真が頭の中をぐるぐるぐるぐる回
る。癌に罹った子の痛々しい顔が突然浮かぶ。わずか十分の距
離を埋めることができない。

    寒き夜の 山を想へば浮かび来る

            逝き去りし子の懐かしき顔