友と語る一刻



1月22日
 岬はまるで嵐のようであった。海面から吹き上げてくる北西
の季節風がまともに頬を打つ。崖沿いの雑草も地面を這ってい
た。風の通り道である。時折霙も落ちてくる。「貯木場の癌の
子と岬のコロちゃんのお肉を入れときましたから・・・、癌の
子が可哀想でしょう・・・」妻の言葉に送り出されて久方ぶり
に五色台を訪れる。

 コロはいつもの通り全身を尾にしての大歓迎である。少しで
も風のこないところと思い、山側の崖下に食餌を用意する。食
べる方が先であった。大型のトレーに山盛りの肉を残らずお腹
に詰め込むコロ・・・・・健康に問題はなさそうである。

 食後の遊びが始まる。跳びついてきては離れ、跳びついてき
ては逃げるように走り去る。風が強くて立っていられない。しゃ
がみ込んでコロのお相手をする。

 走り方がおかしい! 右後肢が変だ! 側に呼び寄せ横に倒
して右肢を検査する。骨に異常はなさそうであった。大腿骨も
折れている様子はない。関節も正常に機能している。口腔粘膜
も正常色であり、何処と言って悪そうなところは見当たらない。

 聴診器を出してくる。崖の上の追いつくことができないとこ
ろにコロが逃げた。もう一度チャンスを窺うが、斜面からコロ
は下りてこない。先に窪地と山上の駐車場を訪ねることにする。

             *****            

 窪地には塵が散乱しているだけであった。山上の駐車場には
風は吹いていない。周りを取り囲んでいる樹々が防風林の役目
を果たしているのだろう。懐かしい音と景色であった。

 粉雪が舞い、上空を冷たい風がひゅーひゅーという音と共に
通り過ぎてゆく。駐車場の周りを一周し、付近を探す。鋭い口
笛が風に乗って木霊するように響きわたる。

 誰も出てこない・・・・・胡桃達の廃虚を暫く眺める。山を
下り岬のおじいさんを訪ねる。コロは四、五日前からびっこを
ひいているということであった。もう一度コロを捕まえ脚をく
まなく検査する。
 右後肢の蹠球がざっくりと割れるように切れていた。出血も
止まり、内側から肉が盛り上がってきているようである。包帯
を巻くことは、かえって危険である。広域抗生物質を口の中に
指でねじ込む。岬のおじいさんに抗生物質をわたし、一日一錠
ずつ食べ物に混ぜて飲ましてくれるようにお願いする。

 無理矢理口の中深く指を突っ込まれたコロが顔をゆがめて崖
の上で座っていた。相変わらず強い風が岬を吹き抜ける。

             *****            

 工場の門の前を通り過ぎる間もなく、片耳のない子と、茶色
の一頭が跳び出してくる。癌の子は出てこない。工場とは反対
側の車道に車を停め、トレーに食餌を用意する。待てないよう
にケースに頭を突っ込んできていた二頭が、歩道の隅でゆっく
りと食べ始める。

 別のトレーに山盛りにした肉を工場の通用門のところまで持っ
てゆく。癌の子が尻尾を振ってお座りをしている。念のため抗
生物質も肉の中に仕込んでおいた。前回、かなり悪くなってい
た右目の腫れがひいている。少しは緩解しているのであろうか!

 ちゃんと食べている癌の子に向かって声にならない声をかけ
る。

             *****            

 石置き場では五郎が一人で留守番をしていた。相変わらず甘
えん坊である。随分大きくなっている。


 幸とオフクロが出てくる。オフクロは遠慮がちに食餌を始め、
幸は五郎に威嚇され、私の足下で食餌にありつく。風が止まっ
ている。何回か周辺を回りクロとカシラそしてシロを探すが、
見つからない。鼻を鳴らして甘える五郎を撫でながら暮れてゆ
く空を眺める・・・・・