午後一時過ぎ、既に起床してから四時間あまりを何をすると
いうこともなく過ごしていた。何処が悪いというわけでもない
のだが、とにかく体が動かない。このままずるずると夕方まで
過ごしそうな嫌な雰囲気を払いのけるように野生児たちの食餌
と医薬品をトランクに運ぶ。
岬の駐車場は車で溢れていた。何とかスペースを見つけ車を
停める。窪地にいたコロが岬に帰ってきていた。ゆっくりとし
か歩けなかったコロが早足で駆け寄ってきてくれた。後躯の肉
が極端に落ちていることを除いては、ほぼ全快のようである。
初めて出してみた命令の「おすわり」を聞き分けたのであろ
う、コロは座ったままジゴシンを肉に包み終わるのを待ってい
る。薬の後はお待ちかねの食餌である。生肉と炊き込みご飯!
クロのために持ってきたチーズまでコロが食べてしまう。食欲
も完全に戻っている。
今日は「讃岐うどん」も特別に炊き込んできた。クロもコロ
も真っ先にそのうどんを口に運んでいる。スープを飲み、長い
うどんをすする。野菜もちゃんと食べてくれる。
食餌の終わったコロを歩道に寝かせて状態を調べてみる。口
腔粘膜もきれいなピンク色であった。やや濁った音の心音は恐
らくフィラリアの影響もあるのであろう。
四肢の麻痺もかなりよくなっているようだ。後はビタミン剤
での長期の療養が必要であろう。やっと神経の緊張と不安が消
える。ダニを捕り窪地の天使たちの給餌のためクロとコロに別
れを告げる。
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窪地の近くに置いていた大きな容器一杯の食糧は殆どなくな
っていた。食パンと自家製の離乳食、そしてお得意の犬缶を五
つの容器に手際よく分けて入れる。
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「クンクン」という仔犬たちの声は聞こえるものの姿は見え
ない。五、六メートル離れたところから息をこらして様子をう
かがう。コロとそっくりの口の周りが黒い三頭が先ず犬缶の容
器に顔を突っ込む。
中でも一番大きな仔犬が他の仔犬を威嚇して食餌を独り占め
にする。食器からむりやり離された仔犬が、やっと焦点の合い
始めた目つきで私の方を見つめる。きょとんとした顔つきであ
る。この仔犬も口の周りが黒である。
薮の下に残りの三頭が固まって食餌の順番を待っている。か
なり急な崖の中段に、少しだけ平らな場所があるようである。
道路に近い場所だけに事故が恐い。
食器を片手に何とか薮をかき分けて平らに見えた僅かの場所
にたどり着き、改めて仔犬たちの食餌を用意する。これで道路
からも見えず安全である。残念ながら私の侵入のため仔犬たち
は散ってしまった。
山頂の駐車場も道路まで車が停まっていた。木の下に置いた
食器は空っぽであった。新しいドライフードを山盛りにして同
じところに置く。
太郎も権兵衛もゴロも、誰の姿もなかった。有料道路をいつ
もとは反対の出口に向かう。もう一度コロに逢いたかったので
山頂のどこかに太郎や権兵衛たちがいるだろうかという淡い期
待と共に、五つの峰を巡るコースに入る。
二十分ほどのドライブでいつもとは反対側のゲートに到着。
途中、一頭のワン君にも逢うことはできなかった。
遠くに讃岐山脈の峰々を眺めながら黄色く実った蜜柑畑の間
を縫うようにして山を下る。去年も眺めた同じ景色である。穏
やかな風景の移り変わりとは裏腹に、通り過ぎてきた一年が突
き上げるように胸の中を駆けめぐる。
太郎・権兵衛・ミルク・胡桃・さくら・茶・名無し・チビク
ロ・黒・甲斐・しろ、華そして名前を付けることもできなかっ
た子供たち・・・・・もう一度逢いたい。
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