晴れたり曇ったり、時折霧雨が落ちてくる何とも陰鬱な空模
様が朝から続いていた。神戸の○リ○と伊丹のおじいちゃんこ
とひろさんに電話越しにうつされた風邪のせいだろうか、何処
となくネジが一本弛んでいるようなはっきりしない体調のまま
夕刻を迎える。
野生児たちのことが頭から離れない。体調の悪いときに車を
運転することと、コロたち野生児に逢いたいという願望とに挟
まれ、今にも泣き出しそうな空を何度も眺める。
岬に着いたのは午後六時を回っていた。漆黒の闇の中で、行
き交う船のきらきらと光る明かりの帯と瀬戸大橋の点滅灯、そ
して対岸から送られてくる家々の灯火のイルミネーションが鮮
やかさを競っていた。
水銀灯の下の駐車場に降り立つと同時に、コロが全身を尻尾
にして走り寄ってきた。やや遅れてクロもとことこと山の斜面
を下りてくる。
食餌の前の検診のためコロに近づき聴診器を出すと、ゴロン
と歩道に横になりお腹を返してじっとしている。
心音を聴き腋の下や下腹部に付いているダニを捕ってやる。
時折口の近くの手を軽く咬んだりはするものの、コロはじっと
為すがままになっている。
やっと食餌タイムの到来であった。トランクを開け、薬入り
の肉を用意していると、待ちかねたコロがバンパーに前肢を掛
けて覗き込む。
「お座りしてなさい!」
これで二度目の命令であった。前肢を揃えちょこんとお座り
をして尻尾を振りながらコロは待っていた。
一メートルほど離れたところでクロも同じお座りの姿勢のま
ま私の顔を見ている。
トレーに山盛りの軽く茹であげた肉といつもの犬缶を二頭が
食べ始めた。コロの食欲はすさまじいくらいである。クロが少
しだけ残した犬缶も食べてしまう。牛肉三百グラムに犬缶三缶!
お腹がふくれて落ちついたのであろう、コロがしきりに甘え
てくる。右手と左手を交互に出してのお手と、ゴロンと仰向け
になってお腹を見せての甘えた仕草、到底小型のシェパードほ
どの野良君の仕草とは思えない。
|
「コロ、走ってみな・・・」
軽く背中を押しながら山の斜面を指さす。展望台への遊歩道
の途中まで一気に駆け上がったコロが、体をくねらせながら帰っ
てくる。呼吸に乱れもなく、後躯の麻痺も完全に治っている。
やっと安心できた、よかった・・・・・。
*****
窪地の天使たちの食餌を調え、岬への道を帰り始めたライト
の中にコロらしい一頭が浮かび上がる。急ブレーキをかけ側道
に停まった車の横でコロがお座りの姿勢のまま一生懸命尻尾を
振っていた。
窪地の子供たちに今食べた食事を与えに行く途中なのであろ
う。頭をかき抱いて全身を撫でる。コロの異常なまでの食欲を
見ていて、多分仔犬たちのために胃袋の限界まで食べているの
であろうと思っていたことがいとも簡単に証明されようとして
いた。
窪地の下の餌場にはコロの大好きな食餌も二食分ほど用意し
てある。非常食も置いてきた。
「コロ、早くチビちゃんたちのところへ行ってやりなさい!」
そう言って両手で送り出してやる。四、五メートル先まで走っ
たコロが立ち止まり振り返る。
「早く行ってやりなさい!」
いつもの軽快なコロの姿が闇の中にとけ込んでいった。風も
なく星もなく虫の声もない闇が残されていた。
|