雪 雲



1月14日
 東京では雪が降ったという。日中の暖かさとは裏腹に夕方の 
時雨から、風がびゅうびゅうと音を立てしんしんと冷え込み始
める。

 午後八時、ベンジャミンと蘭の散歩の時間である。赤い靴を
履くのももどかしそうに戸口でワンワンと催促の声をあげる蘭
をなだめながら自転車にまたがる。

 路面はまだ濡れていた。勢いよく飛び出した二頭を左手に、
ハンドルを右手に持っての散歩の始まりである。総合体育館の
横から、川沿いの道に抜け瀬戸大橋通りと名付けられた幹線道
路の歩道を走り、壇ノ浦の合戦で有名な屋島を目指す。

 途中に海岸公園とサッカー場があるが、今夜はもう少し先の
三角公園まで脚を伸ばす。

 屋島大橋を渡るときの風は、さすがに冬の季節風であった。
ベンジャミンの長い毛が逆立ち、耳がちぎれそうになるぐらい
冷たい。

 二つの川が合流したところに造られた三角形の公園、「新浜
緑地」という正式な名前がついているのだが、私の中ではいつ
も三角公園である。

 水銀灯が公園全体を照らし出し、手入れの行き届いた芝生は
格好の運動場である。目の前に高松の市街地の光がキラキラと
輝き、流れがあるのかどうかわからない二つの川が静かに横た
わっている。
 芝生に腰を下ろしベンジャミンと蘭を見守る。川沿いの土手
を右に左に走り、時折顔を上げて私の存在を確認するベンジャ
ミン。普段は我侭一杯の蘭も、一旦外に出るとベンジャミンに
ひっついて離れない。

 風が一段と強くなり、うなり声をあげ始める。街の明かりの
向こうに五色台が眠っている。雪雲が出ている。見えない五色
台の稜線の辺りからちぎれた白い雪雲が飛んでくる。

 星も出ていない空に浮かんだちぎれ雲を追いかけながら、野
生児たちのことを思う。

 轟々と唸る冬の風、悲鳴をあげながら左右に揺れる樹々。風
と空と樹々の空間にぽっかりと空いた小さな楽園、山上の駐車
場・・・・・一年半の年月が流れた。

 あの空間で何が起こったのであろう。子供たちは何を語りた
かったのであろうか。諸行無常・・・・・水は流れ、雲は行く。

 雪雲を追いかける私の中の刻は止まったままである・・・・