くまきちと海の野生児たち



1月15日
 およそ一年ぶりである。午後三時、お天気に誘われて高松
から東に三十分ほどのベッドタウンである隣町に「くまきち」
を訪ねる。

 成人式という事もあるのだろうか、ラッシュ並の混雑が続く。
目指す友人の家はすぐ見つかる。しかし留守であった。門の所
から庭を覗く。

 写真で見たとおりのくまきちが尻尾を振りながら吠えていた。
耳と体型は父親の太郎そのまま、毛色はオフホワイト。母親の
胡桃の二倍はあろうかと思えるほどの立派な体格である。門扉
の所に大好きなゲインズのビーフ缶を置き貯木場へ急ぐ。
大人になった「くまきち」

             *****            

 五郎がビスケットの空箱を口にくわえ、幸とクロが跳びつく
ように出迎えてくれる。缶詰を開け何カ所かに分ける。それほ
ど空腹ではないのだろう、ゆっくりと食べ始める。

 不意にクロが吠える。海の方からシロが懸命にこちらを目指
して駈けてきていた。シロは相変わらず健啖であった。しっか
りとよく食べてくれる。

 お腹が膨れたのであろう、四頭の野生児たちが落ちていた紐
をくわえて遊び始める。またクロが吠える。カシラとオフクロ
が帰ってきた。ケースにあっただけの缶詰を開けて食べさせる。
 カシラが甘えて身体を擦り寄せてくる。幸がしきりに手を舐
め、やきもちを焼いた五郎が威嚇の低いうなり声と、甘えたク
ンクンという声を出して膝元でお腹を見せる。オフクロはまだ
食べている、お腹の子供が要求しているのであろう。対岸のフェ
リー乗り場から神戸行きのジャンボフェリーが出航した。


             *****            


 埋め立て地の先端近くの工場にいる野生児たちを訪ねる。片
耳のない子ともう一頭が車を追いかけてくる。五時前という時
間のせいだろうか、見かけない野良たちが随分いた。車を回し
歩道脇に停める。

 もう缶詰が品切れである。ドライフードを三、四ヶ所に分け
て置く。工場から癌の子が出てきて食べ始める。左目からは膿
状のものが頬を伝い、右目も潰れかけていた。うまく食べるこ
とができない。少し痩せてきているのだろうか。


 ゴーッという何とも形容のしようのない音を出しながら懸命
にドライフードを食べる癌の子。道端にしゃがんでじっと見守
る。


 時折食べるのを止め、お座りをして尻尾を振ってくれる。顔
を見つめる。言葉が出てこない、頭の中が白くなる。恐らくあ
と幾許かの命であろう・・・・・痛いだろう、苦しいだろう、
でも何もできない。左目に続き右目も潰れ、呼吸ができなくな
り・・・・・哀しい想像が頭の中を駈け巡る。


 「安楽死」・・・一瞬頭の中に浮かんでくる。なんと無力な
のであろう、そしてまたなんと残酷なことであろうか・・・・
野良としてこの世に生を受けたと言うだけで、生まれ来たとこ
ろが野良であったという事だけで、病に侵されても手当を受け
ることさえなく旅立って行く・・・・・


 不条理である。一つだけの不幸で終わらず、まだこれでもか
と不治の病を押しつけてくる。黙って尾を振るこの子に何の罪
があるのだろうか! ただ野良だと言うだけで・・・・・
独り寂しく旅立つであろうこの子に、私が為せることは何もな
い。次の世での再会を祈ることしか・・・・・