窓を開けるとまるで熱風が吹き込んでくるような暑さであっ
た。梅雨の晴れ間とは思えないほどの気温である。車外温度計
が三十二度を示していた。冬の間は広々としていた登山道路が、
このところの雨のせいだろうか、両側から伸びてきた野草と樹
の枝でかなり狭くなっている。新緑の頃の緑とはまた違い、や
さしい緑が目を和ませてくれる。
山上の駐車場も前回の給餌の時から比べると僅か二、三日の
違いとは思えないぐらい樹の葉が茂り、雑草の背丈が伸びてい
た。
誰もいない駐車場で、吐く息で呼吸が乱れるくらい大きく口
笛を鳴らしながら、空になった食器を洗い、山盛りの食餌を整
える。
胡桃たちの旧居に腰掛け、目を閉じる。木枯らしの音が耳を
かすめ、仔犬たちがじゃれあい身体をぶつけあって遊ぶ音が空
から降りてくる・・・・・
くちなしの花の甘い香りが鼻孔をくすぐり、目を開ける。雑
草に覆われた胡桃の旧居と、その前に広がるアスファルトの駐
車場、そして潅木の茂み・・・・・
数分間の夢から覚めた山上の駐車場には胡桃の姿も、太郎た
ち一家の姿もなかった。
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峠下の茶たちのいる窪地にもぎらぎらと太陽が照りつけ、気
だるさが横たわっていた。吹いても吹いても唇に力が入らず、
小さな音しかでない口笛を懸命に吹く。
坂道からやっと茶の子供のまだ名前をつけていない男の子が
首を出してこちらを眺めてくれる。大急ぎで食餌を用意し、仔
犬の食べるのを見守る。茶も名無しも出てはこなかった。
岬のクロとコロも暑さのためであろう、緩慢な動作であった。
用意した食餌もあまりり食べようとしない。予備の犬缶を開け
て石のテーブルに並べる。
やっと口をつけてくれた。コロは木陰の涼しそうなところに
陣取り動こうとしない。こちらから近づいて行くと、お腹を見
せて甘える。その間中、クロはお座りの姿勢で私を見つめてい
る。名前を呼ぶと口を半開きにして尻尾を振り喜びを表現して
くれる。
銀色に輝いている海が季節が一回りしたことを示し、哀しい
闘いの果てしなく続くことを告げているかのようにキラキラと
陽光の中でさざめいていた。
土手の下では、小さな小さな宵待草の黄色い花が蕾を開きか
けていた。
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