宵 待 草



7月14日
 窓を開けるとまるで熱風が吹き込んでくるような暑さであっ
た。梅雨の晴れ間とは思えないほどの気温である。車外温度計
が三十二度を示していた。冬の間は広々としていた登山道路が、
このところの雨のせいだろうか、両側から伸びてきた野草と樹
の枝でかなり狭くなっている。新緑の頃の緑とはまた違い、や
さしい緑が目を和ませてくれる。

 山上の駐車場も前回の給餌の時から比べると僅か二、三日の
違いとは思えないぐらい樹の葉が茂り、雑草の背丈が伸びてい
た。

 誰もいない駐車場で、吐く息で呼吸が乱れるくらい大きく口
笛を鳴らしながら、空になった食器を洗い、山盛りの食餌を整
える。

 胡桃たちの旧居に腰掛け、目を閉じる。木枯らしの音が耳を
かすめ、仔犬たちがじゃれあい身体をぶつけあって遊ぶ音が空
から降りてくる・・・・・

 くちなしの花の甘い香りが鼻孔をくすぐり、目を開ける。雑
草に覆われた胡桃の旧居と、その前に広がるアスファルトの駐
車場、そして潅木の茂み・・・・・


 数分間の夢から覚めた山上の駐車場には胡桃の姿も、太郎た
ち一家の姿もなかった。
 峠下の茶たちのいる窪地にもぎらぎらと太陽が照りつけ、気
だるさが横たわっていた。吹いても吹いても唇に力が入らず、
小さな音しかでない口笛を懸命に吹く。

 坂道からやっと茶の子供のまだ名前をつけていない男の子が
首を出してこちらを眺めてくれる。大急ぎで食餌を用意し、仔
犬の食べるのを見守る。茶も名無しも出てはこなかった。



 岬のクロとコロも暑さのためであろう、緩慢な動作であった。
用意した食餌もあまりり食べようとしない。予備の犬缶を開け
て石のテーブルに並べる。

 やっと口をつけてくれた。コロは木陰の涼しそうなところに
陣取り動こうとしない。こちらから近づいて行くと、お腹を見
せて甘える。その間中、クロはお座りの姿勢で私を見つめてい
る。名前を呼ぶと口を半開きにして尻尾を振り喜びを表現して
くれる。

 銀色に輝いている海が季節が一回りしたことを示し、哀しい
闘いの果てしなく続くことを告げているかのようにキラキラと
陽光の中でさざめいていた。

 土手の下では、小さな小さな宵待草の黄色い花が蕾を開きか
けていた。