音のない会話



7月18日 日曜日 曇り時々小雨
 日曜日には珍しく午前九時起床。十一時半、五色台山頂の駐
車場到着。時折小雨の降るどんよりと曇った空の下で太郎が出
迎えてくれる。

 食餌を寿司桶に移すのも待てないようにピクニックケースに
頭を突っ込んできて飲み込むように食べる。去年の夏もそうだ
ったが、ダニとフィラリアのせいなのであろう、痩せて一回り
小さくなったように見える。

 いつもの食餌の上に今日は犬缶を開けてやる。二缶をぺろり
と平らげ、二、三メートル離れたアスファルトの上にお座りを
してこちらを見ている。

 目をそらさずじっと見つめあう。鼻筋から額にかけてのカー
ブと小さい二つの目が大五郎そっくりである。そう言えば、尻
尾の振り方も何処となく似ているようである。

 権兵衛とさくらは出てこなかった。くちなしの花が満開の駐
車場はいつもの通り訪れる人もなく、食餌を狙っているカラス
の鳴き声以外には風の音もなかった。雨に濡れた樹々の緑が曇
り空の下で時折きらりと光り、太郎と私の音のない会話が続く。

             *****            

 峠下の窪地では茶・名無し・茶の子供の三頭が尾を振りなが
ら出迎えてくれる。茶の子供は既に母親の体格を凌ぎ、堂々た
る成犬の大きさになっていた。

 口の周りが黒い、いわゆるドロボー顔ではあるが、食餌を催
促して吠える声はまだ子供のそれであった。

 名無しが私の正面にきて盛んに尻尾を振ってくれ、名前を呼
ばれた茶が、少し首を傾げながら、私のいうことを理解しよう
と目を見つめている。


 元気に食事をしている三頭を後に岬のクロとコロに逢いに行
く。車が止まるのと同時にクロとコロが跳び付いてくる。此処
だけは海から吹上げてくる風でやや涼しさを覚える。

 四缶ずつ開けてやった犬缶を食べながら、クロとコロが交代
でご機嫌伺いにくる。クロは鼻をクンクンとならし、コロは独
特のお手のポーズ。

 満腹になったクロが崖下の雑草の中を走り回って遊び、御主
人様はあなたとばかり、べったりと横にくっついて手を舐めた
り顔を見つめて傍から離れようとしないコロ!

 また時間が止まってしまったかのような錯覚の中に嬉々とし
て落ち込む。コロの耳に付いていた大きなダニを取り、頭を撫
で、口を両手で抑えこんで左右に振りながら遊ぶ。

 口を開けて咬む仕草はするものの、歯が当たることもなく、
最後は参ったとばかりお腹を見せての万歳のポーズ・・・・・


 沖合いをパワーボートが疾走し、低くこもったエンジン音が
山に当たり返ってくる。

 龍神が住むと言われるおむすび型をした大槌・小槌の小さな
二つの島の間を九州行きの大型フェリーが通り抜け、白い航跡
だけが波間に漂っていた。

 小さなたった一刻の安らぎと楽しさを後に、クロたちに別れ
を告げる。夏の空の下で二頭がお座りの姿勢のまま見送ってく
れる。

 またくる・・・元気で・・・