レッド・トライアングル



7月20日
 午後四時五十分、五色台有料道路の登山口に到着。晴れてい 
た空に雲がわきだし、夏の空というよりは秋の終わりを思わせ
るような雲の塊が低く漂い始めていた。自宅を出たときの外気
温は二十七度であった。登山口を登り始めて窓を開けてみる。
ひやりとした風が頬を打つ。外気温は二十三度まで下がってい
た。

 有料道路のゲートまであと十五、六メートルのところ迄登っ
た時、二頭の雑種犬がうろうろとしているのを見つける。「ま
た野良ちゃんか! こまった!」と思いながら助手席側の窓を
開け路側に車を停めて右手の山裾の二頭を見つめる。

 何と、山裾の窪地を住居にしている「茶」と「名無し」の二
頭であった。

 太郎の住んでいる自然科学館横の駐車場まで直線にして僅か
八十メートルあるかないかのところ迄登ってきていたのである。

 急いで車から降りトランクの中のパンを路側の芝生の上に並
べる。「茶」はいつものちょっと哀しそうな優しい顔で見つめ、
「名無し」はその横で静かに尾を振っていた。


 太郎の住んでいるところが丁度標高二百メートルの山頂、そ
の山頂から西に急勾配を下りきったところが「茶」たちの住む
窪地である。勿論人の通れるような道があるわけでもなく、獣
道というものがあったとしても、ほぼ垂直に近い崖が数箇所は
ある筈である。

 太郎と胡桃そして権兵衛が時折山頂の西側に通じる、道とは
およそ程遠いまさに獣道のようなところへ連れ立って出掛けて
いるところを度々目撃したことを想い出す。

 登山口のコロも時々窪地の「茶」のところに居候しているこ
とがある。

 山頂の太郎、登山口のクロとコロそして山裾の窪地の茶たち
の住居!

 三つの点を結ぶ三角ゾーンができている! 電流の走る身体
をシートに沈め太郎のところへ急ぐ。

 いつも通りカーブのところ迄ジャンピングをしながらのお出
迎えであった。ドライフード、犬缶そして特別にサンドイッチ
用の食パンを、寿司桶と持参のスチロールの大皿に盛り、お座
りをして見送ってくれる太郎をバックミラーで確認しながら茶
たちのいたゲートに向かう。

 道端に大盛にしていたパンは奇麗になくなっており、茶たち
の姿はなかった。

 山を下り窪地に急ぐ。姿が見えなかった茶の子供のうちの別
の一頭の元気な姿を見掛ける。茶と名無しはまだ帰ってはいな
かった。食糧をいつもの所に置き岬のクロとコロのところへ!


茶 親 子
 嬉しそうにパンを食べるクロとコロをみながら、いなくなっ
た胡桃や胡桃の母親たちのことを考える。
茶と名無しは恐らく食糧を求めて山頂近くまで登ってきてい
たのであろう。太郎たちも時々姿を見せないことがある。勿論
さくらも権兵衛も食糧を探すことは当然のことである。

岬と山頂そして山裾の窪地を結ぶトライアングルにはじめて共
通項が生まれてきた。というより、茶たちの行動により、はじ
めて確認できたのである。

 臨月間近の胡桃の母親ミルクが、子育てのための食糧の調達
を考えて、より安全で便利な場所を探して山を下りたとしても

 子供たちが大きくなったのを見届けた胡桃が、巣別離をして
山の斜面の何処かに生活の拠点を移したとしても、この三角ゾー
ンの何処かで元気に暮らしている可能性があるのではないか!

 さくらも、同じトライアングルの中の何処からか現れ、今、
子育てのため山頂の駐車場から離れ、安全で食糧調達の容易な
場所で暮らしているに違いない。

 いないと思っていた茶の子供が、窪地から僅か五十メートル
も離れていないミカン畑の中で元気で暮らしていたことからも、
食糧調達のためのそれぞれのテリトリーを守りながら、それぞ
れに頑張って生きるための努力を重ねてくれているのであろう。


 距離をだんだんと縮めてくれているクロの深みのある小さな
両の瞳を覗きこみながら山に別れを告げる。
雲の間からの夕陽が岬と山頂そして窪地を結ぶ三角形の斜面を
紅に染めていた。