午後四時半、ラッシュの中を五色台に向けて車を走らせる。
週明けということであろう、市内の渋滞は想像以上のものであ
った。いつもなら郊外に出た途端ぐんぐんとスピードを上げる
のだが、今日はわけもなくのんびりと走る。
西の空が薄暗くなり雨の到来を思わせる空気の流れであった。
サンルーフからの風が涼しそうな樹の香りを運んでくれていた
ものの、外気温は三十度を超えていた。
坂道の途中から見える自然科学館の塔屋がいつもより遠くに
感じる。料金所を通り、駐車場への急な坂道をエンジン音を響
かせながら登る。カーブを曲がり駐車場が視界に入る、太郎は
いないようであった。
一番確かな夕方の時間帯を狙って訪ねてきたのだが、この時
間帯に逢えたのは一回だけである。
土曜日に置いた食餌が殆ど残されたままであった。雨と高温
でふやけたドライフードが甘酸っぱい腐りかけた臭いを発散さ
せ、溝の中では白いトレーが水に浮いていた。
二個の大きな寿司桶を持ち芝生広場の奥にある水道のところ
迄きょろきょろと太郎たちを探しながら歩く。
人の気配一つない駐車場も、珍しく強い風が吹上げている芝
生広場も、恐ろしいくらい静かであった。胡桃たちの旧居は夏
草に覆われ、天井の一部が覗いているだけである。
トイレの裏の屋根の下に食パンの角切りをトレーに盛り上げ
て置き、大きな木の枝の下の雨の余りかかりそうにない場所を
探して二つの寿司桶一杯のドライフードにビーフ缶を混ぜたい
つもの食餌を並べる。
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暗くなり始めた駐車場を後に、岬への道とは反対方向に意味
もなく車を向ける。五、六十メートルも行ったであろうか!
二頭の野生児が気だるい足取りで車道を下ってきていた。
「茶」と「名無し」であった。
「どうしてこんなところに?」と思いながら道端に車を
止め持参の食餌を与える。
食餌を終えた茶が芝生広場の方へ疲れた足取りで向かう。名
無しはまだ一生懸命食べていた。
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車に跳び乗り、太郎たちの駐車場へ急ぐ。ひょっとして茶が
芝生広場を登って駐車場の方にくるかもしれないと思いながら
下を見つめる。
茶は登ってはこなかった。途中の何処かで休んでいるのであ
ろう。大粒の雨が急に落ち始めた駐車場を後に峠下の窪地に急
ぐ。
雷雨の襲来であった。食パンを注意深く雨のかからない場所
に置き岬に向かうためドアを開けた時、ドロボウ顔のチビスケ
君ともう一頭の仔犬が果樹園から急いで下りてきてくれる。
元気に食餌を始めてくれた。
*****
岬のクロとコロはかなり空腹のようであった。いつものよう
に鼻をクンクンと鳴らしながら尻尾を目一杯振って歓迎してく
れるクロ。
やや頭を下げ、目をしょぼつかせながら手に擦り寄ってくる
コロ・・・大雨の中での一人と二頭の食餌である。
大きな桜の木の下に陣取り犬缶を開けては石のテーブルに並
べる。一向に止む気配を見せない雨が容赦なく頭の上から落ち
てくる。
コロのお腹に触り満腹を確かめ、目脂を取ってやる。クロは
尻尾を振りながらお座りの姿勢のまま顔を見ている。流石に濡
れたシャツが冷たい。
太郎にも権兵衛にも逢えなかった物足りなさと寂しさを抱え、
クロとコロに別れを告げる。
木の間から背筋をピンと延ばしたお座りの姿勢で見送ってく
れた太郎の姿が雨の音と共に頭の中に浮かんでは消え、消えて
は浮かんでくる。
元気でいて欲しい・・・・。
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