野生児を巡る人々



1月9日
 そろそろ持病の悪化から来る限界が近づいてきたのであろう 
か、ベッドから起きあがっても殆ど動くことができず、暫く経
つとまたベッドへ帰るという状態が続いている。

 気候のせいであろうとたかをくくっていたのだが、どうも気
候のせいだけではないようである。勿論五色台の野生児たちに
逢えないということも多大の影響を及ぼしていることは確かな
のだが・・・

 既に午後三時を回っている。起床してからもう七時間、途中
でベッドに潜り込んだ時間を差し引いてもかなりの時間がうず
くまったままの状態で過ぎてしまった。鉛のように重い体を何
とか引き起こし、庭の腕白軍団のお相手をしながら海の野生児
たちの食餌の準備をする。今日はパンに肉、そしてドライフー
ドと缶詰の超豪華版である。

 埋め立て地の石置き場近くのいつもの場所を訪ねる。気温も
高く日向ぼっこにはもってこいの日和であった。おいしいご飯
を用意して、はりきって訪ねてきたのだが、誰もいない。暫く
待ってみても誰も帰ってこない。

 しかたなく車に乗り込み周辺を探してみる。諦めて元の場所
に帰っているとき、やっと五郎に出会う。石置き場に戻り、ト
レーに五郎の食餌を満たす。

 いつも通り鼻を鳴らしながら食餌をする五郎。あまり空腹で
はないようであった。体中にひつこく付いている草をとりなが
らカシラたちの帰りを待つ。誰も帰ってこない。

 三十分も経ったであろうか、ランドクルーザーの若いご夫妻
が弁当箱を持って五郎の所にやってきた。お互いに軽く会釈を
交わす。

 「今日はしっかり食べてますから・・・・・」

 「そうですか、毎日来ていらっしゃるんでしょうか?」

 「いいえ、気が向いたときだけです」

 「私たちはもう二年ぐらいここに来ています、連れて帰り
  たいんですけど・・・・・」

 マンション住まいの上ダックスを二頭飼っているのでどうし
ようもないと、婦人が顔を曇らせながら説明してくれる。
 近くで仕事をしている老夫婦が何くれとなく面倒を見ている
ことや税関の職員が保健所に通報すること、他にもときどき食
餌を運んでいる人たちがいることなどを嬉々として話してくれ
る。

 五郎は実はこのご夫妻たちは太郎と名付けていることも話し
てくれる。婦人の膝の下で横たわっていた五郎が眠っている。
安心しきった様子で長くなって眠っていた。

 まだ帰ってこないクロたちを待ちながら地面に座ったまま話
し込んでいるとき、一台のシーマが近づいてきた。角刈りの頭
でノーネクタイ!(あまり他人のことは言えないのだが)

 怪訝な顔つきのご夫妻と私に窓を開けながらその人が尋ねる。

 「車に跳ねられたんですか?」

 「いいえ、眠っているだけです」

 「喫茶店のあまりものだけど、食餌を持ってきたんだ・・・」

 「ここは大丈夫ですから、他の子供たちにお願いします」

 「わかった、じゃまた・・・・・」

 シーマは埋め立て地の先端を目指してゆっくりと走り去った。


 たくさんの人たちに支えられていることが無性に嬉しかった。
五郎はすやすやと眠っている。

 午後七時四十分、夕方逢うことのできなかったクロたちを探
しに再度出掛ける。暗闇の中から出てきてくれたのは五郎だけ
であった。


 埋め立て地を二周してもう一度石置き場に帰る。五郎が待っ
ていた。頭やお腹を撫でながら半分諦めかけたとき、クロが肩
に跳びついてくる。その横には幸とオフクロがいた。シロとカ
シラにはとうとう逢えなかった・・・・・