野生児コロと貯木場の仲間たち



12月12日
 もう何週間になるのだろうか・・・そんなに時間が経ってい 
るようには感じないのだが、車外の景色はまるで違っていた。

 五色台の山裾を縫うように進む車のウインドウに冬の冷たい
風に巻き上げられた枯れた木の葉と細い時雨の雨粒がたたきつ
けるように襲いかかってくる。

 「早くコロたちに逢いたい!」
 「元気にしているだろうか?」

 はやる気持ちとは裏腹に風に向かって走る車は思うように進
まない。低く垂れ込めた鉛色の空、灰色の中に白い波頭を光ら
せてうねる海、そして梢と枝だけになった樹々・・・・・廃虚
に向かう流浪の民になったような切なく、もの哀しい気分がハ
ンドルを握る手から中心部へと脈打つように伝わって来る。

 轟々とうなり声をあげて風が吹き上げている岬の駐車場には
誰もいなかった。窓を開け、口笛を吹く。風に消されて合図の
口笛が届かないのだろうか、何処からも誰も出てくる気配はな
かった。

 「ひょっとしたらクロが元気になって出てきてくれる
  かも・・・」

 殆ど可能性のない淡い期待は微塵の跡形もなく瞬時に打ち砕
かれた。それどころかコロの姿も見えない。窪地に急ぐ。祈る
ような気持ちで風を切り裂きながら走る。路のあちこちに風に
落とされた大粒の蜜柑が転がっている。

 窪地の広場には数本のタイヤの跡が虚しく残っているだけで
あった。茶や名無したちが居たときのあの説明のできない温か
さは窪地の何処にも存在していなかった。

 哀しさを通り越えたのであろうか、ぽっかりと風穴の開いた
ような、霞に包まれたような感覚のまま岬への路を、また急ぐ。

 吹き飛ばされそうな強風である。コートのボタンをしっかり
と掛け崖とは反対側の斜面をコロを探しながら歩く。岬の駐車
場を離れ路は下り始める。

 コロは出てこない。不安が胸中を駆けめぐる。

 「また病気がぶり返したのだろうか?」
 「交通事故?」

 想像は限りなく暗闇を目指す。

 「もう十メートルだけ、もう十メートル行ってもコロが居な
  ければ諦めよう」

 そう考えながら目線を山肌から海の方に移そうとしたとき、
左手に擦りつくようにして一緒に歩いているコロが目の中に飛
び込んできた。

 いつから一緒に歩いていたのだろう?山肌の茂みの奥に気を
取られていて気がつかなかった。随分前から横にくっついてい
たのかも知れない。

 駐車場に戻ったコロはパニックであった。おすわり、ジャン
プ、お手、お代わり・・・・・覚えているだけの仕草で歓迎の
気持ちを伝えてくる。

 鼻の頭をぺろりと舐める頃になってようやく落ちつきを取り
戻したようである。特別に買ってきた生牛肉をおいしそうに食
べ、展望台への散歩にも付き合う。
 一回り太ったようである。ひっくり返して、脇の下、腹部、
耳の裏の皮膚の柔らかいところを調べる。ダニもノミもついて
はいない。目もよく輝いているし、口腔粘膜の色もすこぶるき
れいなピンク色であった。

 はしゃぎ回るコロに別れを告げ登山道から山上の駐車場に向
かう。有料道路を入り、自然科学館の前を通り抜けヘヤピンカー
ブへ。

 がらんとした山上の駐車場はまさに廃虚そのものであった。
風を遮っていた樹々は丸裸の骸骨のようになり、潅木の茂みも
隙間だらけの寒々とした光景であった。

 置いてあったすし桶も、大型のプラスティック桶も無くなっ
ていた。木の枝をかき分けて探す必要もなかった。すし桶を雨
から守ってくれていた潅木の枝は無く、かなり離れたところか
らでも全てを見渡すことができた。

 それでも尚すし桶を探し、誰かの生存の証明を得ようと辺り
を徘徊する。トイレの裏も、胡桃たちの旧居の辺りにも、太郎
がいつも休んでいた少し離れた潅木の下にも、野生児たちの生
活の跡は見つからなかった。

 原っぱの奥で、一年間使ってきたすし桶がバラバラに打ち砕
かれているのを見つける。

 山上の有料道路を半周して手がかりを探してみる。無駄なこ
とも解っていた。猫が一匹側道を歩いていた。見送ってくれた
コロをバックミラーで確認しながら坂道を下り帰路につく。五
時前だというのに、もう薄暗くなってくる。

             *****            

 貯木場に着いたときはライトを照らしていた。税関横のクレー
ンの下には誰も居なかった。岸壁に向かう路上でオフホワイト
の仔犬君と出会う。

 多分、税関横で棲んでいたビーグルの兄弟であろう。犬缶と
ドライフードをうなり声をあげながら食べる。さらに三頭の成
犬に出会い食餌を振る舞う。

 道路の真ん中で小型のブチがじっと座っていた。車を止めて
も逃げようとしない。ドライフードをトレーに移していると、
近くの会社の門扉の向こうから四頭の成犬が尾を振りながら出
てくる。

 三ヶ所に分けてドライフードを置き、ワン君たちを眺める。
一頭の茶色のワン君の様子がおかしかった。暗いせいかと思い
近づいてみる。頬と鼻の高さが一緒である。その上左目がおさ
れてほぼ潰れかけている。微かに瞬きはしているようであった。

皮膚癌! 左頬から額にかけての腫瘍が左目を圧迫し、顔の形
を変えていたのである。幸い食欲はあるようであった。

 十年前、食餌を配っているとき、いつも鉢合わせをした野良
好きのおばさんが勤めている会社の中で面倒を見て貰っている
のであろう、食餌を終えたワン君たちは門の中へ帰って行った。
病に負けず頑張って欲しい・・・・・・・・・