午後八時、ソファーで横になって休んでいたものの、どうに
もコロとクロのことが気にかかり眠ることもできない。熱のせ
いでもあるのだろう、足先からじんじんと冷え込んでくるよう
な感覚に襲われている。暖房を入れた車内は二十六度を示して
いた。
八時四十分、岬に到着。コロとクロを大声で呼ぶ。軒下に昨
日置いた食餌はきれいに空になっていた。岬の歩道を行ったり
きたりしながらクロとコロを呼び続ける。どちらも出てこない。
昨夜十時過ぎに訪れた時と同じである。何の気配もない。クロ
と格闘してでも今夜は抗生物質の筋肉注射をするつもりで用意
をしてきたのだが・・・・・
暗闇の中を窪地に向けて車を走らせる。サーチライトを照ら
しながら食餌ケースのところまで崖を下りる。パンもドライフー
ドもそのまま残っていた。新しい食餌を周辺に置き、再び窪地
まで登る。
辺りを照らしながら大声でコロを呼ぶ。これでコロにも逢え
なかったら・・・・・心配と心細さを打ち消すように何度も何
度もコロを呼んでみる。
車の陰でコロが全身を尻尾にしていた。大急ぎで缶詰を開け
トレーに移す。ライトの中のコロの下腹部はそれほど空腹を示
してはいなかった。
それでも二缶分ぐらいは食べてくれたようである。にじり寄っ
てうれしさを表現するコロを思わず抱き上げる。ずっしりと重
い。手を軽く咬み、お腹を返して甘え、二、三歩追いかけると
全力で逃げる。草の上に座り手招きをすると、頭から突っ込ん
できてお腹を上に向けて万歳の姿勢のまま顔を見つめる。
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クロの薬用に持ってきたチーズの塊を見せると、表情が真剣
になる。ちゃんとお座りの姿勢をとる。それでもチーズを与え
ないと、今度はお手を何度も何度も繰り返す。口を半分開け、
舌をだらんと垂らした甘えた顔である。
「ゥワン!」
チーズを見せながら吠えてみせる
「ウーー、ゥワンワン」
コロが返事をした。前肢をトントンと踏みならしながら甘え
た顔のコロが返事をした。喉を鳴らしながらチーズを食べ終え
たコロとライトの光の中で遊ぶ。
この一瞬だけが、何も他事を考えず、明日を心配することも
なく過ごすことのできる唯一の安らぎの刻であった。僅かの安
らぎの後の別れの刻が待っていた。
サイドミラーの中で見送るコロを窪地に残し、闇を切り裂き
ながら岬を通り五色台を後にする。左手に見えるはずの瀬戸内
の島々の明かりも今夜は心の中の闇の広さに負けたのであろう
か、潮騒もなくただ闇が続いているだけであった。
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