闇 夜



10月18日 月曜 小雨後曇り
 午後八時、ソファーで横になって休んでいたものの、どうに
もコロとクロのことが気にかかり眠ることもできない。熱のせ
いでもあるのだろう、足先からじんじんと冷え込んでくるよう
な感覚に襲われている。暖房を入れた車内は二十六度を示して
いた。

 八時四十分、岬に到着。コロとクロを大声で呼ぶ。軒下に昨
日置いた食餌はきれいに空になっていた。岬の歩道を行ったり
きたりしながらクロとコロを呼び続ける。どちらも出てこない。
昨夜十時過ぎに訪れた時と同じである。何の気配もない。クロ
と格闘してでも今夜は抗生物質の筋肉注射をするつもりで用意
をしてきたのだが・・・・・

 暗闇の中を窪地に向けて車を走らせる。サーチライトを照ら
しながら食餌ケースのところまで崖を下りる。パンもドライフー
ドもそのまま残っていた。新しい食餌を周辺に置き、再び窪地
まで登る。

 辺りを照らしながら大声でコロを呼ぶ。これでコロにも逢え
なかったら・・・・・心配と心細さを打ち消すように何度も何
度もコロを呼んでみる。

 車の陰でコロが全身を尻尾にしていた。大急ぎで缶詰を開け
トレーに移す。ライトの中のコロの下腹部はそれほど空腹を示
してはいなかった。

 それでも二缶分ぐらいは食べてくれたようである。にじり寄っ
てうれしさを表現するコロを思わず抱き上げる。ずっしりと重
い。手を軽く咬み、お腹を返して甘え、二、三歩追いかけると
全力で逃げる。草の上に座り手招きをすると、頭から突っ込ん
できてお腹を上に向けて万歳の姿勢のまま顔を見つめる。
 クロの薬用に持ってきたチーズの塊を見せると、表情が真剣
になる。ちゃんとお座りの姿勢をとる。それでもチーズを与え
ないと、今度はお手を何度も何度も繰り返す。口を半分開け、
舌をだらんと垂らした甘えた顔である。

 「ゥワン!」

 チーズを見せながら吠えてみせる
 
 「ウーー、ゥワンワン」

 コロが返事をした。前肢をトントンと踏みならしながら甘え
た顔のコロが返事をした。喉を鳴らしながらチーズを食べ終え
たコロとライトの光の中で遊ぶ。

 この一瞬だけが、何も他事を考えず、明日を心配することも
なく過ごすことのできる唯一の安らぎの刻であった。僅かの安
らぎの後の別れの刻が待っていた。

 サイドミラーの中で見送るコロを窪地に残し、闇を切り裂き
ながら岬を通り五色台を後にする。左手に見えるはずの瀬戸内
の島々の明かりも今夜は心の中の闇の広さに負けたのであろう
か、潮騒もなくただ闇が続いているだけであった。