クロちゃんも頑張る



10月20日
 午後五時、岬の駐車場に着く。クロが山側の広場で座ってい
た。トランクを開け大急ぎで食餌の用意をする。微かに尻尾を
振って出迎えてくれたクロちゃん、やはり何処か元気がないし、
反応も鈍い。

 ただ、もう死んでいるかも知れないと半ば諦めていただけに、
何とか頑張って欲しいと言う想いが強くなる。缶詰を開けてい
る間にコロが横に来てしきりに愛嬌を振りまいていた。

 軽く茹であげた牛肉を二つのトレーに移し、缶詰を二缶ずつ
足す。クロの肉の中には抗生物質を仕込む。コロの食欲は、こ
れがついこのあいだまで生死の間をさまよっていたワンちゃん
とは思えないほどすさまじいばかりの食べ方である。

 クロはやはり食欲がかなり落ちている。僅かに牛肉を口に運
んでくれただけである。薬を中に入れた肉片はそのままトレー
の中にあった。何度か捕まえようとしても、鼻先までは手が届
くものの、それ以上近づいてはくれない。

 岬のおじいさんの家を訪ね、クロとコロの食糧を預ける。玄
関に出てきたおじいさんが、コロの容態が悪く、もう死ぬかも
知れないと告げる。先々週からの治療を説明し、コロはもう絶
対に大丈夫、むしろクロの容態の方が気がかりである旨を伝え
る。
 クロ用に特別の食糧を別に預け、とにかく食べさせて貰うよ
うにお願いをする。相変わらずクロは座ったまま顔を見ている
だけである。呼びかけると、顔はこちらに向けるのだが、いつ
ものように尻尾を振ってはくれない。 

 甘えてじゃれついてくる大きなコロのお相手を暫くつとめ、
窪地の茶たちの所へ向かう。崖下の食糧は手つかずのままであ
った。

 口笛の合図を送ってみても、何の反応も返ってこない。二、
三日前に仔犬を連れた茶の姿を見たという情報はあるのだが、
この目で茶たちの姿を見るまでは安心できない。

 太陽が沈んだ窪地には、足下からの寒さだけが残っていた。

 気温十四度、曇り、微風。