山百合一輪



8月17日
 今日も全員元気にしているだろうか? 雨が続いて食糧の調
達が大変だっただろうなぁ・・・全員に逢えるだろうか!

 出かける前の不安と期待で入り交じった気持ちを抑えながら、
できるだけ多くの食糧をトランクに積み込む。細い雨が時々落
ちてきていた。その間から時折薄日も射し始める。

 鉛色の海を右に、上三分の一が雲に隠れた五色台に向かう。
登山口のコロが追いかけてくるのを振り切るようにスピードを
上げて有料道路に入る。いつもの時間より少し早めであった。

 ヘヤピンカーブを曲がり視界が広がる。誰もいない駐車場に
車を停めようとしたとき、太郎が左手の潅木の間からのそっと
出てくる。権兵衛とさくらは出かけているようだ。

 スチロールの大皿に取りあえず太郎の食餌を用意して草の上
に置く。空腹なのであろう、一生懸命に食べている。きれいに
空になっていた寿司桶を洗い、できるだけ多くの食餌を盛りつ
け、雨に濡れない場所を選び、一つずつ置いてゆく。

 食パンはトイレの右側の大きなひさしの下に、ドライフード
は左側のひさしと、トイレの裏に、そして缶詰類は数カ所に分
けて・・・・・
 さくらと権兵衛のいない寂しさを紛らすようにぶつぶつと一
人で喋りながらの給餌であった。ポツリポツリと降り始めた雨
が太郎の背中を濡らし始めていた。


 さくらと権兵衛は帰ってこない。この雨の中、何をしている
のだろうか。お腹は減っていないだろうか。仔犬たちはみんな
元気に育っているだろうか。おいしいご飯を置いてあるから、
早く食べに帰っておいで・・・・・

 太郎! 大五郎は大きくなったし、歩き方も尻尾の振り方も
お前によく似てきた。元気に暮らしているから、太郎も頑張れ!
しっかり食べて・・・・・言葉が続かなかった。

 いつものことながら、ただだまって与えられる食餌を食べ、
擦り寄ってくるでもなく、さりとて無視するというわけでもな
く、雨の中を食後の散歩とテリトリーの点検に出かける太郎を、
ただ見送ることしかできない。

 潅木の茂みの中で一輪の山百合が頭を垂れ、一人と一頭の音
のない会話にじっと聞き入っていた。