山はもう冬



11月17日
 「ワンちゃんどうしてる?」

 「うーん、今日は会社へ来るのを止めようかと思った」

 朝一番の会話であった。昨日貯木場から里子に行ったワンち 
ゃん、まだ名前はつけて貰っていないようであるが、新しいご
主人にかなり気に入られているようである。

 腕枕が好きで、とにかく何処か身体の一部をひっつけて甘え
てくる。出社しようとすると、クンクンと鼻声を出してそばに
寄ってきて見上げる・・・など、嬉々とした表情で語ってくれ
る。
ケビンと父親?
 夕方、女子職員を呼んで様子を尋ねてみる。  「一日中にこにこして、昼過ぎには自宅に電話を掛けて食餌   の指示をしていました。大人しくていい子ですね。でも仕   事が手につかないみたいです」  報告と感想を交えて笑顔で応えてくれる。
 「気に入ってもらえるだろうか?」心配は杞憂に終わった。

 貯木場にはあと三頭の仔犬が残っている。オフホワイトの二
頭は何処か弱々しく心に重くのしかかってくる存在であり、熊
の子のような黒くて元気な一頭は、仕草のかわいらしさで胸に
迫る。



 一つのハードルをやっと越えたかと思う間もなく、次の課題
が眼前に迫ってくる。どれが大切で、どれを後回しにしてもい
いというものではない。

 すくい上げてもすくい上げても指の間からこぼれ落ちる滴の
ように留めようのない哀しみが湧き上がってくる。

 「何でこんなかわいい子を捨てるんだろう・・・?」

 何百回も何千回も繰り返してきた言葉がえぐるように涌いて
くる。


 怒りをぶつける元気もなくなってきた。ぶつけてみても、今、
寒さに震え、空腹に耐え、病と闘っているかも知れない野良た
ちを救うことにはならないことが・・・、微動だにしない壁に
向かって小さな拳を振り上げることの虚しさが判りすぎている
から・・・・・

 一つのいのちを救ったあとで襲いかかってくるより大きな哀
しみと、それでも小さな歩みを停めず、前をしっかり見つめて
一歩一歩進んで行かなければ・・・進めば進むだけ哀しみも大
きくなる・・・・・でも進まなければ・・・・・哀しみと哀し
みの狭間で押しつぶされそうになる。


 午後五時を過ぎるともう暗くなる。西の空の下の五色台もビ
ルの谷間からは見ることが出来ない。山は冷えるだろう・・・