「ワンちゃんどうしてる?」
「うーん、今日は会社へ来るのを止めようかと思った」
朝一番の会話であった。昨日貯木場から里子に行ったワンち
ゃん、まだ名前はつけて貰っていないようであるが、新しいご
主人にかなり気に入られているようである。
腕枕が好きで、とにかく何処か身体の一部をひっつけて甘え
てくる。出社しようとすると、クンクンと鼻声を出してそばに
寄ってきて見上げる・・・など、嬉々とした表情で語ってくれ
る。
夕方、女子職員を呼んで様子を尋ねてみる。
「一日中にこにこして、昼過ぎには自宅に電話を掛けて食餌
の指示をしていました。大人しくていい子ですね。でも仕
事が手につかないみたいです」
報告と感想を交えて笑顔で応えてくれる。
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「気に入ってもらえるだろうか?」心配は杞憂に終わった。
貯木場にはあと三頭の仔犬が残っている。オフホワイトの二
頭は何処か弱々しく心に重くのしかかってくる存在であり、熊
の子のような黒くて元気な一頭は、仕草のかわいらしさで胸に
迫る。
一つのハードルをやっと越えたかと思う間もなく、次の課題
が眼前に迫ってくる。どれが大切で、どれを後回しにしてもい
いというものではない。
すくい上げてもすくい上げても指の間からこぼれ落ちる滴の
ように留めようのない哀しみが湧き上がってくる。
「何でこんなかわいい子を捨てるんだろう・・・?」
何百回も何千回も繰り返してきた言葉がえぐるように涌いて
くる。
怒りをぶつける元気もなくなってきた。ぶつけてみても、今、
寒さに震え、空腹に耐え、病と闘っているかも知れない野良た
ちを救うことにはならないことが・・・、微動だにしない壁に
向かって小さな拳を振り上げることの虚しさが判りすぎている
から・・・・・
一つのいのちを救ったあとで襲いかかってくるより大きな哀
しみと、それでも小さな歩みを停めず、前をしっかり見つめて
一歩一歩進んで行かなければ・・・進めば進むだけ哀しみも大
きくなる・・・・・でも進まなければ・・・・・哀しみと哀し
みの狭間で押しつぶされそうになる。
午後五時を過ぎるともう暗くなる。西の空の下の五色台もビ
ルの谷間からは見ることが出来ない。山は冷えるだろう・・・
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