さよならクロ!



11月22日
 風が強く吹き付けていた。五色台へ向かう海岸沿いの道路を
木の葉の死骸が覆い尽くし、ヒーターを入れた足元から寒さが
襲ってくる。海の色がはっきりと冬の訪れを告げていた。波頭
が白く光っている。

 午後一時過ぎ、岬の駐車場に到着。車を目敏く見つけたコロ
が駆け寄ってくる。一週間ぶりの対面であった。両前肢を交互
に出して喜びを表現するコロ! 缶詰を開け、縁石の即席テー
ブルに並べる。しっかりと食餌をするコロを眺めながらクロの
出てくるのを待つ。

 山側の崖を探し、海側の土手の下の草むらも探してみる。何
度も何度も口笛の合図を送る。


 クロは出てこない。岬のおじいさんに訪ねる勇気はなかった。
先週の様子から、胸の中に一抹の不安があったことは解ってい
た。岬への脚が重かったのも、ただクロの死に目に逢いたくな
かったからであった。


 食餌の終わったコロのお相手を暫くして、山頂の駐車場に向
かう。道路の所々に木の枝が散乱し、山肌からは昨日の豪雨の
雨水が流れ落ちていた。

 ヘヤピンカーブの向こうには誰もいなかった。車を停め、潅
木の林を覗く。太郎が何時も座っていた陽当たりのいい、寿司
桶の近くにゴロが座っていた。

 痩せて肋骨が浮きでている。何処となく元気がない。大急ぎ
で缶詰を開け、食パンとドライフードの食餌を用意する。寿司
桶に一杯の食餌と大型の桶にも精一杯の食餌を作る。

 まだ枯れきっていない雑草の間の人目につかない原っぱに寿
司桶を置き、ゴロの食べるのを見守る。やはり余り食欲がわか
ないようであった。

 注意深く全身を観察。右前肢の上方、殆ど肩の当たりが掌の
大きさぐらい光っていた。擦過傷のようである。車に擦られた
のか、それとも保健所の手から逃れようとして怪我をしたのか!

 幸い、びっこはひいていない。食餌に抗生物質を混ぜるのが
精一杯の出来ることであった。
 草の上に座り、ゴロを呼んでみる。逃げはしないものの、側
に来ることもない。三、四メートル離れたところに座り、こち
らを見ているだけである。

 周辺にドライフードを再び置き、食べてくれることを祈りな
がら駐車場を離れる。料金所のゲートの所を白と茶の仔犬が横
切っていた。胡桃の子供にも白と茶の子供がいた。三角ゾーン
の中でみんな元気に生きていて欲しい。

             *****            

 岬の駐車場に帰ってきた車をコロは待っていてくれた。躍り
上がって跳びついてくる。病気の時の痩せていたコロではなか
った。毛並みもつやつやとして太ってきている。よく走り、よ
く甘える。

 クロの様子をおじいさんに尋ねる。

 「いゃあ、あなたが連れて帰って病気の治療でもしてくれて
  いるのかと思っていました。先週川崎の孫の所へ行って、
  帰ってきてからずっとクロの姿が見えないんですよ」

 自動販売機に清涼飲料水を詰めていた販売員にもクロのこと
を聴く。先週の金曜日には見なかったそうだ。コロを連れて崖
下をもう一度探してみる、いない。

 しきりにじゃれついてくるコロの顔をじっと見つめ、まだ緑
の濃い山の斜面に視線を這わす。 

 「きっとこの山の何処かで静かに眠っているのだろう・・・
  クロ、さようなら!  また何時か逢おう!  
  先に逝ってしまって・・・・・
  待ってろよ! ありがとう」

 道端に座って寂しそうな顔で見送るコロを後に海岸道路の坂
道を下る。