随分時間が経ったようでもあり、ついこの間のことのようで
もある。寒風が吹きすさび、雪の舞い落ちる山上の駐車場で野
生児たちと交わした会話が何故か言葉では再現できない。胡桃
と共に育てた仔犬たちと遊んだ情景、父親の太郎との交流そし
て窪地の茶や名無したちとの時間は、はっきりと脳裏に浮かび
上がってくる。写真を見ているように鮮やかに蘇ってくる情景
が幾つも幾つもある。
物語の一章が終わり、次の章が始まる。いつも心のどこかに
隠していた「終わる」という言葉が否応なく攻め登ってくる。
吹き付ける木枯らしの中でさえもいのちたちの躍動を伝えて
くれた山上の駐車場は、窪地は、死んでいた。冬の歌を聴かせ
てくれた樹々も、枯れ果てた名前もない雑草も、全てが呼吸を
止め色を失っている。
ミルクが消え、胡桃が去り、太郎も権兵衛もいなくなった山
上の駐車場・・・缶詰とドライフードを持って息を弾ませなが
ら駆けつけることはもうないのだろうか・・・・・
彼ら野生児たちが遥か天空の彼方に消えてしまったとは思え
ない。きっと何処かでお腹一杯にご飯を食べているのであろう
・・・・・そしてまた、あの駐車場にひょっこり帰ってきてく
れるはずだ・・・・・
可能性のほとんどない希望かも知れない、しかしこの想いが
心の中を満たし決して消えようとはしないのも、また事実であ
る。
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生きることの厳しさ、優しさ、風の匂い、空の色、彼ら野生
児たちから学んだことは実に多い、そしてまだ学び続けなけれ
ばならない。
あまりにも小さな両の腕で受けとめることの出来るものは哀
しいほどに小さく少ないものであった。大五郎たちが産まれて
からもうすぐ十三ヶ月になる。この長くもあり短くもあった道
程の中で、いったい何を為し得たのであろうか!
僅かに一時の満腹感を与えることしかできなかったような気
がする。哀しみの中で出会った海の野生児たちに、これから何
を為すことができるのであろう!
山の野生児たちと同じように、ただひとときの満腹感を与え
ることが精一杯の行動かもしれない。
両の腕にかき抱き、詫びる言葉もないままにその汚れて痩せ
た身体を撫でることしかできないのであろう・・・・
海と山の間の空間に棲んでいる人間のあまりの小ささに、あ
まりの非力さに、押しつぶされそうになる。
また星空に願いを込めながら、次の世での再会を願いながら
の小さな小さな闘いが始まる・・・・・
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