海と山の子供たち



1月4日
 随分時間が経ったようでもあり、ついこの間のことのようで
もある。寒風が吹きすさび、雪の舞い落ちる山上の駐車場で野
生児たちと交わした会話が何故か言葉では再現できない。胡桃
と共に育てた仔犬たちと遊んだ情景、父親の太郎との交流そし
て窪地の茶や名無したちとの時間は、はっきりと脳裏に浮かび
上がってくる。写真を見ているように鮮やかに蘇ってくる情景
が幾つも幾つもある。

 物語の一章が終わり、次の章が始まる。いつも心のどこかに
隠していた「終わる」という言葉が否応なく攻め登ってくる。


 吹き付ける木枯らしの中でさえもいのちたちの躍動を伝えて
くれた山上の駐車場は、窪地は、死んでいた。冬の歌を聴かせ
てくれた樹々も、枯れ果てた名前もない雑草も、全てが呼吸を
止め色を失っている。

 ミルクが消え、胡桃が去り、太郎も権兵衛もいなくなった山
上の駐車場・・・缶詰とドライフードを持って息を弾ませなが
ら駆けつけることはもうないのだろうか・・・・・

 彼ら野生児たちが遥か天空の彼方に消えてしまったとは思え
ない。きっと何処かでお腹一杯にご飯を食べているのであろう
・・・・・そしてまた、あの駐車場にひょっこり帰ってきてく
れるはずだ・・・・・

 可能性のほとんどない希望かも知れない、しかしこの想いが
心の中を満たし決して消えようとはしないのも、また事実であ 
る。
 生きることの厳しさ、優しさ、風の匂い、空の色、彼ら野生
児たちから学んだことは実に多い、そしてまだ学び続けなけれ
ばならない。

 あまりにも小さな両の腕で受けとめることの出来るものは哀
しいほどに小さく少ないものであった。大五郎たちが産まれて
からもうすぐ十三ヶ月になる。この長くもあり短くもあった道
程の中で、いったい何を為し得たのであろうか! 


 僅かに一時の満腹感を与えることしかできなかったような気
がする。哀しみの中で出会った海の野生児たちに、これから何
を為すことができるのであろう!

 山の野生児たちと同じように、ただひとときの満腹感を与え
ることが精一杯の行動かもしれない。

 両の腕にかき抱き、詫びる言葉もないままにその汚れて痩せ
た身体を撫でることしかできないのであろう・・・・

 海と山の間の空間に棲んでいる人間のあまりの小ささに、あ
まりの非力さに、押しつぶされそうになる。

 また星空に願いを込めながら、次の世での再会を願いながら
の小さな小さな闘いが始まる・・・・・