「よく懐いてますねぇ!」
タラップを下りてきた船員さんが、トレーに乗せたドライフ
ードと犬缶の食餌を見つめながら近づいてきた。黒い母親も、
耳の折れた子も、びっこの子も、みんな尻尾を振りながらその
船員さんの所に跳んで行く。お座りをして行儀よく手から与え
られる食餌を待っている。
夕方近くから降り始めた雨がどうにか小康状態になったのを
見計らって出掛けてきた貯木場の岸壁で「海の野生児たち」は
元気に遅い食餌をしてくれた。
この海の野生児たちにとっては雨もまた大切な飲料水なので
あろう。黒い母親が右手を預けてくる。両手を持ち顔を近づけ
てみる。暗闇の中で黒い犬君とのご対面は、まさに闇夜の烏で
あった。
鼻が近づいてくる気配を感じた次の瞬間、ぺろりと鼻の辺り
を舐められる。横で見つめていたシェルティ風の男の子も、母
親をまねて頬を舐める。
横に立って見つめていた船員さんが船のサーチライトを点け
てくれる。一瞬にして明るくなった貯木場の岸壁広場で、満腹
になった野生児たちが各々に戯れ、あるいはお腹をひっくり返
して甘えた仕草で食餌のお礼を伝えてくれる。
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「もう一頭の黒い子が来てない・・・・・」
「茶色の雌も今夜はいないようですね・・・・・」
「先月の三十日からここに船を留めているんだけど、
よく懐いてくれました」
「そうですか・・・、もっとたくさんいたんですけど、
多分病気か何かで減ってしまったようです」
「船の残り物をあげるから、いつもここに屯してますよ!」
正月休みで付近の倉庫に勤めている人たちから食餌を貰うこ
ともできず、お腹を減らしているのでは・・・!
心配は杞憂に終わったようである。神戸に帰るニュイ君が言っ
たとおり、船の人たちは優しかった! オフホワイトのひ弱そ
うな男の子も元気そのものであった。
兄弟犬に飛びかかっていき、上になり下になって遊んでいる。
日毎に大きく成長している感じである。このまま何事もなけれ
ば、人間たちの侵襲さえなければ、この海の野生児たちの幸せ
が崩れることはないだろうに・・・・・
午後九時半、岸壁は昼間のように明るく照らし出され、海の
野生児たちの吐く白い息が静かに闇の中に登っていった。
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