海の野生児たち



1月3日
 「よく懐いてますねぇ!」

 タラップを下りてきた船員さんが、トレーに乗せたドライフ 
ードと犬缶の食餌を見つめながら近づいてきた。黒い母親も、
耳の折れた子も、びっこの子も、みんな尻尾を振りながらその
船員さんの所に跳んで行く。お座りをして行儀よく手から与え
られる食餌を待っている。

 夕方近くから降り始めた雨がどうにか小康状態になったのを
見計らって出掛けてきた貯木場の岸壁で「海の野生児たち」は
元気に遅い食餌をしてくれた。

 この海の野生児たちにとっては雨もまた大切な飲料水なので
あろう。黒い母親が右手を預けてくる。両手を持ち顔を近づけ
てみる。暗闇の中で黒い犬君とのご対面は、まさに闇夜の烏で
あった。

 鼻が近づいてくる気配を感じた次の瞬間、ぺろりと鼻の辺り
を舐められる。横で見つめていたシェルティ風の男の子も、母
親をまねて頬を舐める。


 横に立って見つめていた船員さんが船のサーチライトを点け
てくれる。一瞬にして明るくなった貯木場の岸壁広場で、満腹
になった野生児たちが各々に戯れ、あるいはお腹をひっくり返
して甘えた仕草で食餌のお礼を伝えてくれる。
 「もう一頭の黒い子が来てない・・・・・」

 「茶色の雌も今夜はいないようですね・・・・・」

 「先月の三十日からここに船を留めているんだけど、
  よく懐いてくれました」

 「そうですか・・・、もっとたくさんいたんですけど、
  多分病気か何かで減ってしまったようです」

 「船の残り物をあげるから、いつもここに屯してますよ!」

 正月休みで付近の倉庫に勤めている人たちから食餌を貰うこ
ともできず、お腹を減らしているのでは・・・!

 心配は杞憂に終わったようである。神戸に帰るニュイ君が言っ
たとおり、船の人たちは優しかった! オフホワイトのひ弱そ
うな男の子も元気そのものであった。

 兄弟犬に飛びかかっていき、上になり下になって遊んでいる。
日毎に大きく成長している感じである。このまま何事もなけれ
ば、人間たちの侵襲さえなければ、この海の野生児たちの幸せ
が崩れることはないだろうに・・・・・


 午後九時半、岸壁は昼間のように明るく照らし出され、海の
野生児たちの吐く白い息が静かに闇の中に登っていった。