波一つない漆黒の海面を水銀灯の灯火が鈍く照らし出し、切
れ切れに空に浮かんでいる薄い雲の間から冬の星たちが心細そ
うに瞬いていた。やっと穏やかな心のままにベンジャミンと蘭
を連れて散歩に出ることができた。玲ちゃんが病に倒れてから
十一日が過ぎようとしている。
海岸公園の樹々の間からは枯れかかったすすきとセイタカア
ワダチソウそして名前も解らない小さな雑草たちが束の間のや
すらぎを貪るかのように闇の中で両手を伸ばし静かな眠りにつ
いていた。
コツコツという独特の靴音を響かせながら草の間を駆け回っ
て遊ぶ蘭ちゃんと、七年間変わることのないゆっくりとしたペー
スで散歩を楽しんでいるベンジャミン!
打ち寄せる波の音もない防波堤の上で片足を上げた水鳥が鏡
のような水面を身動きもせず見つめ、遠くの島から送られてく
る赤い光の中で静けさをより大きく演出し、頭上を行き交う車
の音さえも消していた。
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東南の空にいつも見るオリオンが輝いていた。「あの星の中
に胡桃や太郎、権兵衛もクロも・・・・・」そう思って眺めて
いたオリオンが、雲と雲の間からキラキラと輝きながら語りか
けてくる。静かであった、全ての音を星たちが消し去ったので
あろうか・・・・・
土手を駆け上がっては足下にじゃれついてくる蘭ちゃんが防
波堤の向こうに広がる黒い海を眺めている。暗い海面に何を見
ているのであろうか。ゆっくりと岸壁に近づき海に眼を落とす。
明かりの届かない水面は鏡のように鎮まり、所々に星屑のドッ
トを映し出しているだけであった。微かに水面が崩れまた静か
な漆黒にと戻る。
星の明かりも、家々の灯火も届かない遥か彼方、この海と空
が一つになるところ、そこにきっと野良たちの楽園があるので
あろう・・・・・
轟々と唸る木枯らし、舞い踊る落ち葉、そして野生児たち、
暗い海の中に五色台の山並みが重なっていた・・・・・。
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