海に映る山々



12月7日
 波一つない漆黒の海面を水銀灯の灯火が鈍く照らし出し、切
れ切れに空に浮かんでいる薄い雲の間から冬の星たちが心細そ
うに瞬いていた。やっと穏やかな心のままにベンジャミンと蘭
を連れて散歩に出ることができた。玲ちゃんが病に倒れてから
十一日が過ぎようとしている。

 海岸公園の樹々の間からは枯れかかったすすきとセイタカア
ワダチソウそして名前も解らない小さな雑草たちが束の間のや
すらぎを貪るかのように闇の中で両手を伸ばし静かな眠りにつ
いていた。

 コツコツという独特の靴音を響かせながら草の間を駆け回っ
て遊ぶ蘭ちゃんと、七年間変わることのないゆっくりとしたペー
スで散歩を楽しんでいるベンジャミン!

 打ち寄せる波の音もない防波堤の上で片足を上げた水鳥が鏡
のような水面を身動きもせず見つめ、遠くの島から送られてく
る赤い光の中で静けさをより大きく演出し、頭上を行き交う車
の音さえも消していた。
 東南の空にいつも見るオリオンが輝いていた。「あの星の中
に胡桃や太郎、権兵衛もクロも・・・・・」そう思って眺めて
いたオリオンが、雲と雲の間からキラキラと輝きながら語りか
けてくる。静かであった、全ての音を星たちが消し去ったので
あろうか・・・・・

 土手を駆け上がっては足下にじゃれついてくる蘭ちゃんが防
波堤の向こうに広がる黒い海を眺めている。暗い海面に何を見
ているのであろうか。ゆっくりと岸壁に近づき海に眼を落とす。

明かりの届かない水面は鏡のように鎮まり、所々に星屑のドッ
トを映し出しているだけであった。微かに水面が崩れまた静か
な漆黒にと戻る。

 星の明かりも、家々の灯火も届かない遥か彼方、この海と空
が一つになるところ、そこにきっと野良たちの楽園があるので
あろう・・・・・

 轟々と唸る木枯らし、舞い踊る落ち葉、そして野生児たち、
暗い海の中に五色台の山並みが重なっていた・・・・・。