午後十二時半、気温二十八・五度の夏空の下を五色台へと車
を走らせる。風が強いためであろうか、空が抜けるように青い。
昨日までの強い雨に洗われた樹々の緑が右に左にとゆっくりと
揺れている。
午後一時十分、山頂の駐車場に到着。一台も車の停まってい
ないがらんとしたアスファルトの駐車場で「さくら」が出迎え
てくれる。出産後の子育てで苦労している様子が窺える、二回
りほど小さく見える。少し垂れ下がってきた乳房が母親らしさ
を証明していた。
食餌の用意が待てない風情でしきりに尻尾を振り、ピクニッ
クケースの中に頭を突っ込んでくる。空腹なのであろう・・・
太郎、権兵衛、そしてさくらの三つの食器にそれぞれ二日分
ずつの食餌を用意する。今日は太郎と権兵衛の姿が見えない。
多分食糧を探しにどこかへ出かけているのかもしれない。暫く
待つことにする。
胡桃たちの旧居に腰を下ろす。土を掘り、波板を打ち付けて
造った倒木の下の旧居跡に母子六頭の生活の跡は残されていな
かった。
天井代わりの波板は風に飛ばされ、掘り返した一平方メート
ル四方の土の上は一面の紫露草で覆われていた。倒木の上にも
雑草が生え、正面の入り口とその前に少しだけあった運動場も、
名もない草たちの生い茂る原っぱに変わっていた。僅かに旧居
を三方から取り囲んでいた松の樹だけが変わらず風に揺れてい
た。
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太郎と権兵衛は帰ってこなかった。食餌を終えて原っぱに座っ
ている私を見つめていたさくらが、尻尾を巻き気味に雑草の中
に姿を隠そうとしていた。
名前を呼ぶと申し分けなさそに尻尾を垂らし、私の方をちら
りちらりと見つめながら潅木の林の中に走り込んだ。後をつけ
ても無駄とは知りながらやはり追いかけてみる。
胡桃たちの旧居の裏の崖のようなところを懸命に下りて行く
さくらが目に入る。追い付ける速さではなかった。
子供のことが気になるのであろう・・・。
目で追いかけるだけ・・・・・。
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