午後五時、五色台の野生児太郎たちの住んでいる駐車場に到
着。前日までの大雨で海の色がブルーではなく黄褐色に変って
いた。
山頂の駐車場には人影もなく、風さえも吹いていなかった。
いつもの場所に置いてある寿司桶は奇麗に空っぽになっており、
雨水が溜まっていた。
胡桃が此処にいた時にはどんな時間に訪れても必ず太郎たち
が出迎えてくれていたが、このところ誰にも逢えないことが多
い。幾ら合図の口笛を吹いても、芝生広場に下りていって探し
てみても、だれ一人見つけだすことはできない。
さくらは子育てに余念がないのであろう。また仔犬たちを置
いて産室を離れることは先ずあり得ないことでもある。太郎た
ちは多分さくらたち母子の食糧探しに忙殺されているのかもし
れない。
いつも太郎の後をしっかりとついていっている権兵衛も太郎
の手伝いで忙しいのであろう。しかし寂しさを感じる。
いつもの手順で寿司桶を洗い、持参の発砲スチロールの大皿
と寿司桶に食餌を山盛りにして潅木の茂みの中に置く。ふと甘
い匂いに誘われて薄暗い茂みの中を見回す。
雨に洗われた緑の葉の間からくちなしの白い花が甘い香りを
送ってくれていた。暫く車の中で太郎たちが帰ってくるのを待っ
てみるが、やはり帰ってこない。
山を下り、名無しと茶のいる窪地へ向かう。果樹園から雨水
が滝のように流れ出していた。行き交う車の排気音以外の音は
なかった。風の声さえも聞けない。無人の窪地に食餌を置き、
岬に向かう。
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合図の口笛は必要なかった。ドアを開けて外に出るのと同時
に、坂道を跳び跳ねるように駆け下りてくるクロとコロが目に
入る。
尻尾を扇風機のように振り甘えた鼻声を出すクロ。ボス犬の
貫禄を崩さないように、初めだけは威厳を持って尻尾を振るコ
ロ。
木陰での食餌である。二頭並んで、正確には一人と二頭が、
ぎらぎらと輝いている瀬戸内海を借景に道端での夕食会であっ
た。
いつもなら自動販売機からホワイトウオーターを買い一緒に
飲むのだが、欲しくない。クロとコロが食べるのを見つめる。
BMWの若いカップルが不思議そうに見つめている。
食べ終わったクロとコロが私の右と左に座り見つめる。前回
苦労して取り除いたコロにいつもくっついていたハダニはもう
いなくなっていた。
白い車を見ると、けたたましい吠え声と共に追いかけたクロ
が急いで私の横に帰ってきてまたじっと顔を見る。お座りの姿
勢のまま、私が車に乗り込むまで、じっと見ている。
何も語らずに見つめているクロの想いを断ち切るようにエン
ジンをかけ帰路に就く。サイドミラーに道端に座って車の方を
見つめているクロが映り、消えていった。
気温26.5度 微風。
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