くちなしの花



7月5日 月曜日
 午後五時、五色台の野生児太郎たちの住んでいる駐車場に到
着。前日までの大雨で海の色がブルーではなく黄褐色に変って
いた。

 山頂の駐車場には人影もなく、風さえも吹いていなかった。
いつもの場所に置いてある寿司桶は奇麗に空っぽになっており、
雨水が溜まっていた。

 胡桃が此処にいた時にはどんな時間に訪れても必ず太郎たち
が出迎えてくれていたが、このところ誰にも逢えないことが多
い。幾ら合図の口笛を吹いても、芝生広場に下りていって探し
てみても、だれ一人見つけだすことはできない。

 さくらは子育てに余念がないのであろう。また仔犬たちを置
いて産室を離れることは先ずあり得ないことでもある。太郎た
ちは多分さくらたち母子の食糧探しに忙殺されているのかもし
れない。

 いつも太郎の後をしっかりとついていっている権兵衛も太郎
の手伝いで忙しいのであろう。しかし寂しさを感じる。


 いつもの手順で寿司桶を洗い、持参の発砲スチロールの大皿
と寿司桶に食餌を山盛りにして潅木の茂みの中に置く。ふと甘
い匂いに誘われて薄暗い茂みの中を見回す。

 雨に洗われた緑の葉の間からくちなしの白い花が甘い香りを
送ってくれていた。暫く車の中で太郎たちが帰ってくるのを待っ
てみるが、やはり帰ってこない。


 山を下り、名無しと茶のいる窪地へ向かう。果樹園から雨水
が滝のように流れ出していた。行き交う車の排気音以外の音は
なかった。風の声さえも聞けない。無人の窪地に食餌を置き、
岬に向かう。
 合図の口笛は必要なかった。ドアを開けて外に出るのと同時
に、坂道を跳び跳ねるように駆け下りてくるクロとコロが目に
入る。

 尻尾を扇風機のように振り甘えた鼻声を出すクロ。ボス犬の
貫禄を崩さないように、初めだけは威厳を持って尻尾を振るコ
ロ。

 木陰での食餌である。二頭並んで、正確には一人と二頭が、
ぎらぎらと輝いている瀬戸内海を借景に道端での夕食会であっ
た。

 いつもなら自動販売機からホワイトウオーターを買い一緒に
飲むのだが、欲しくない。クロとコロが食べるのを見つめる。
BMWの若いカップルが不思議そうに見つめている。

 食べ終わったクロとコロが私の右と左に座り見つめる。前回
苦労して取り除いたコロにいつもくっついていたハダニはもう
いなくなっていた。

 白い車を見ると、けたたましい吠え声と共に追いかけたクロ
が急いで私の横に帰ってきてまたじっと顔を見る。お座りの姿
勢のまま、私が車に乗り込むまで、じっと見ている。

 何も語らずに見つめているクロの想いを断ち切るようにエン
ジンをかけ帰路に就く。サイドミラーに道端に座って車の方を
見つめているクロが映り、消えていった。

 気温26.5度 微風。