太郎が手をなめにきた!



2月24日
 二月二十四日午後二時三十分、いつもの通り犬缶三ダース・
ぶりのあらで炊いたご飯十食分・パン二十個・ドライフード十
キロ・水十八リットルをトランクに積み五色台へ給餌に向かう。

 前日からの強風に加え今日は朝から南国四国には珍しく粉雪
が時折舞い降りている。一昨日の給餌の時、寒くなりそうな空
模様であった。

 全員の無事を早く確認したいという気持ちに襲われ、アクセ
ルを踏む足に力が入る。三時十分山上に到着。胡桃・太郎そし
て四頭の子供たちが駆け寄ってくる。

 いつものように胡桃が身体ごとぶつかってきた。鼻をキュン
キュン鳴らして歓びを表現してくれる。仔犬たちも小さな尻尾
を振って歓迎してくれた。


 左手になま暖かいものを感じる。視線の中に、雄の太郎が飛
び込んできた。いつも一メートル以上離れたところから歓迎の
お辞儀をしてくれる太郎が左手をなめてくれていた。

 去年の五月から定期的に給餌を始めて十ヶ月ぶりに、初めて
手の中に、手の届くところに、太郎がきてくれた。

 優しい大きな瞳を見開いて私の目を見てくれていた。頭の中
が空っぽになるような感覚であった。

 何も考えることができなかった。機械のように食器を洗い、
食餌を用意し、犬缶を開けた。
 仔犬たちが食べるのをじっと見守っている胡桃、仔犬の大五
郎が鼻先を突っ込んできても怒らず、一緒にご飯を食べている
太郎、少し離れたところでこちらの方を時折見ながら食餌をす
る権兵衛・・

 温かい家族の姿が雪の中でひときわ大きく浮かび上がってい
た。全ての音が消えていた。舞い降りる白い雪と、その白い雪
を受ける黄色く枯れた名もない雑草、そして食餌をとる大小七
つの野生児たち!

 全てを静寂が包み、夕闇が温かく家族をだきしめているかの
 ようであった。
食後の散策に出かける太郎