仲間に逢った!



2月26日
 例によって例の如く給餌の準備を整え午後三時二十分五色台
へ向かって自宅を出発。午後四時丁度、山頂に到着。いつも出
迎えてくれる太郎・権兵衛・胡桃の姿がコーナーから見えない。
近くの駐車場にかなりの車が止まっていたせいだろうか!

 胡桃たちの住居にあと二十メートルにまで近づいたとき、胡
桃が身体をくねらせながら寄ってきてくれる。権兵衛と太郎の
姿は見えない。

 初老の男性が胡桃たちのために置いていた水桶に水を汲んで
運んできてくれていた。連れ合いであろうと思われる女性が微
笑みながら立っていた。

 「すみません、ありがとうございます」

と言いながらトランクを開け、給餌の準備を始める。初老の夫
婦らしき二人が近づいてきて

 「貴方でしたか! この子が急に走りだしたので、誰か面倒
  をみている人がきたのかなっと思っていたんですよ・・・」

と私に話しかけてきてくれる。

 「はい、だいたい二日に一度は給餌にきています」

 「そうですか。私たちも気になって時々コロッケなんかを持
  ってきていますの・・・」

 「有り難う御座います。また御願いします」

 「ええ、ええ、可愛いですものね。でも、この子の反応は凄
  かった。車の音が微かに聞こえたかなっと思った途端走り
  だしたんですよ!」

 「そうですか」
 
 「犬がお好きなんですね」

 何気ない会話を交わしながら、食器を一つずつ洗っていると、
初老の女性が私の持っていたナイロンたわしを取り上げ、食器
を順番に洗ってくれ始めた。持ってきたご飯類と、特別に胡桃
のために持ってきたハムと豚肉をトレーに並べ終わる頃、二十
歳台のシェットランドを連れた若いご夫妻が仲間に加わってき
た。みんななんともいえない優しい顔つきの人たちであった。
 胡桃たち親子が食餌を始めるのを見て、初老の二人連れは優
しい挨拶を残して帰っていった。若い夫婦は帰ろうともせずじ
っと私のあとをついてきて胡桃たちのことを尋ねる。一通り説
明が終わって連れてきたシェットランドの様子を見ると、どう
も車に酔ったらしい。口の中が唾液で一杯であった。「車酔い
だから心配はありません」そう伝えながら、乞われるままに犬
の躾について会話を交わす。


 「子供に言って聞かせるようにすれば、必ずいうことを聞く
  ようになります。別に成犬になっていても同じですよ」
 
 「でも、大人になってからはしつけるのが難しいと聞いてま
  すが・・」

食餌の終わった胡桃を側に呼んで、「お座り」「伏せ」「お手」
そして「待て」などの命令を与えて見せる。見事に服従してく
れる。永い付き合いではあるが、胡桃に対して躾の訓練をした
ことはただの一度もない。自分でもかなりびっくりしたのが本
音である。

 食餌のあとはいつもの通りパンを並べる。一個一個胡桃が口
にくわえ、離れたところにいる仔犬の前まで運んではポトリと
落とす。仔犬の数だけ繰り返すとやっと薮の中で休息を執り始
める。一連の胡桃の動作を見ていた若い夫婦の顔に驚きと、胡
桃の母性愛に触発された優しさが漂っていた。

 余り多くを語らない夫妻ではあったが、目の前で起こった野
生の犬の習性、親子の絆の強さ、人との信頼関係などというも
のを自分の目で確認し、それまで持っていたであろう犬に対す
る認識を改め、驚愕の中にもパートナーとしての犬の存在を大
きく認めてくれたことは確かであった。

 「お先に失礼します」と言って車に乗り込んだ夫妻が、周辺
の掃除と後かたづけに時間を取られた私を待っていてくれたこ
とからでも、何かの内部変化が起こったことを証明しているよ
うに思えた。私が挨拶を送り車に乗り込むのを確かめた後、ク
ラクションと共に帰って行った。

 気温四度の山頂は、風も止み穏やかな夕闇に包まれていた。
また一人仲間が増えたのだろう・・・