また仲間に逢えた!



2月28日
 昨夜からの雨があがることを祈りながら午前中を給餌の準備
と、簡単な屋根を胡桃たちのために作ってやる準備で過ごした。

 お昼前になり、曇空ながら晴れ間がのぞくようになった。そ
のかわり風が轟々とうなり声を挙げていた。屋根ができれば食
餌を今までよりもっとたくさん置いておけるし、胡桃が外で眠
ることもなくなる。

 午後一時半、全ての準備を整え出発。日曜日ではあるが、人
出の少ないことを祈りつつ車を走らせる。

 二時過ぎ、山上の胡桃たちのところに無事到着。駐車場には
三台くらいしか停まっていなかった。食器を洗い、いつも通り
全員の食餌を用意する。

 一昨日姿が見えなかった太郎も元気に仔犬たちと一緒に食餌
を始める。いつもながらの心愉しい一刻であった。仔犬たちが
住居を離れて食餌をしている僅かな間が、屋根作りのチャンス
である。

先ずシャベルで住居の周りの土を掘り下げ平に整える。石コロ
だらけの粘った土であった。屋根を取り付けるために周囲のマ
ウンドを削らなければならない。

 ポタポタと頭から顔にかけて汗が流れ落ちてくる。呼吸が乱
れはじめ、発作の兆候が顕著になる。シャベルが思うように動
かせなくなってきた。家を出て暫くしてから、ピルケースを忘
れてきたことに気づいてはいたものの、引き返すことをしなか
ったことが少々悔やまれる。ニトログリセリンの常用者として
は全く言語道断、馬鹿の上を行く馬鹿な失敗であった。

 持参の飲料水を含みながらじっと木陰に座って休息を執る。
早鐘のように打ち続ける心臓の鼓動が少しずつ落ち着いてきて
いるようであった。車のところまで戻り、トランクの中に常備
しているワンちゃん用の救急箱を開けてニトロを探してみる。
あった!

 三十分ほど休憩を採り再び作業開始。仔犬たちは原っぱで元
気に遊んでいる。昨日、日曜大工センターで購入してサイズを
合わせてあったビニール製の波板を二枚、笠釘で打ち着け、周
囲を枯れ枝と落ち葉などで塞ぎ、簡易住居が完成。これで食餌
も濡れる心配もないし、カラスからもある程度防ぐことができ
る。胡桃が雨に濡れることもなくなる。

 車のところに戻り、犬缶とドライフード、そしてパンの袋を
開けて明日からの胡桃たちの食餌の準備である。少し離れたと
ころで私の作業を見ていた若いカップルが近づいてきた。

 「あのー、これ少ないんですけど召し上がって下さい!」

ラップされた果物を両手で私の方に差し出してくれた。

「えっ、僕にですか?」

「はい、でも大変ですねぇ。こちらの職員の方ですか?」

 どうやら、自然科学館の職員と間違えられたようである。G
パンに長靴、軍手姿で髪は強風にあおられボサボサ・・・そり
ゃぁそうだ! この格好じゃぁどう見てもニュースキャスター
などという格好つけた職業には見えっこない・・・。

 三ダースの犬缶を開けながら二人がいろいろと質問を始める。
二人とも犬が大好きのようであるし、女性の方は勤め先の瀬戸
大橋記念館で野良君たちに餌をやってくれているという。一度
逢ったことのある野良君の話しも出てきた。

 笑顔が交錯し、自己紹介が自然に始まる。御夫妻であった。
夫君は中学の教師で、やはり交通事故のワンちゃんを助けたこ
とがあるという。頂いた果物が宝物のように思え、食べること
ができない。およそ一時間、食餌の用意と後かたづけをしなが
ら野良君たちのことを語り合う。

 上空にカラスが舞始める頃、互いに不幸な子供たちを自分の
できる範囲で精一杯助けることを約束し、再会を胸の内に秘め
ながら別れを告げる。

 発作の後遺症もあり、夫妻の帰った後およそ三十分ほど車の
中で身を横たえながらじっと空を眺めていた。風が轟々とうな
り、樹々が悲鳴を挙げながら右に左にと揺れ動き、冬の最後の
歌を歌っているようであった。

 雲の間からのぞいていた夕暮れの太陽が、胡桃の住居の辺り
だけを照らしていた。不思議な感覚であった。穏やかなものが
心の中を静かに静かに巡回して身体を暖めてくれているようで
ある。

 帰路、コロ・クロ・茶の三頭にも犬缶を与え、白馬が走って
いる瀬戸の海を暫く眺める。雲に半分隠れながら夕日が静かに
西の海に落ちて行った。