午後二時半、雲行きが怪しくなった西の空を見上げながら一
路五色台へ。登山道の入り口で待っているクロとコロに今日は
先に食餌をやることにして車を停める。コロにいつもくっつい
ている茶がまだ見えない。シェパードほどもあろうかと思われ
るコロが地面に転がって歓迎の挨拶。クロは相変わらず手元か
ら三十センチ位離れたところで盛んに尻尾を振っている。
瀬戸大橋の壮大な姿を正面から眺めることができる唯一の場
所ということもあって、ウィークデーと言えどもかなりの車が
駐車している。しかし人の姿が見えない。
道路からすぐ下は五十メートルほどの切り立った崖のように
なっている。五メートルほど下のところに幅五十センチくらい
の排水路が通ってはいるものの、普段人が歩けるようなところ
ではない。
その排水路のところに五人くらいの二十歳代の男女が段ボー
ル箱を囲んでしゃがんでいた。いつも犬缶とドライフードを預
けておくおじいさんが背後から急に話しかけてきた。
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「昨日からここに棄てられてるんですよ、まだ小さいのに。
ドライフードをあげたけど、食べなかった・・・」
オフホワイトの母犬らしい小型犬と、その子供の仔犬がかな
りいるようであった。胡桃たちのことも気になっていたので、
急いで犬缶を五個ほど開けて、道の上から下の青年たちに取り
にきて貰う。
「一時間くらいでまた戻ってきますから、この食餌をすみま
せんが、あげて下さい」
「いつもきている方ですね、解りました」
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青年たちに餌を預け、登山道から胡桃たちのいる有料道路へ。
太郎と権兵衛そして胡桃が住居の手前五十メートルのところま
で出てきて、いつも通り車に随走しての歓迎である。仔犬たち
四頭も元気でよく食べてくれる。
太郎が今日は尻尾を振りながら手をぺろぺろとなめてくれる。
大五郎が鼻をくんくん鳴らして手をしゃぶりにきた。風もなく
穏やかな午後であった。
簡易住居の中を熊手で清掃し、二、三日分の食餌を準備して
から山を下りる。先刻の青年たちはもういなかった。大型のプ
ラスチック容器に犬缶を十個ほど開け、もう一つにはドライフ
ードを。水を入れる容器がない。
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胡桃たちの食餌用の大きなタッパーウエァーに水を張り、臨
時の水桶に。片手でバランスを取りながら仔犬たちがいる崖下
へ三往復。胡桃たちにいつも置いておく二十個のパンから半分
をくすね、母犬のところに持って行く。
丁度胡桃と同じ大きさの母犬であった。段ボール箱の中に折
り重なるようにして五頭の仔犬が眠っていた。仔犬を抱き上げ
てみたが、母犬はじっと尻尾を振っているだけで別に怒りもし
ない。それどころか顔をなめにくる。首輪もしている。ただ、
がりがりに痩せていた。生後一か月くらいの可愛い仔犬が五頭、
なにも解らずにすやすやと眠っている。
段ボール箱の上にバスタオルが掛かっていた。箱の中には使
い捨ての懐炉が二個、そして箱の横には「犬小屋です。つぶさ
ないで下さい」の文字。
じっとお座りをして私を見ている母犬の顔を正面から見るこ
とができなかった。今夜、もう一度毛布と食餌とミルクを持っ
てくる約束をして車に飛び乗り、後ろも見ずに帰ってきた。
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