五色台異聞 また棄て犬が・・・



3月3日
 午後二時半、雲行きが怪しくなった西の空を見上げながら一 
路五色台へ。登山道の入り口で待っているクロとコロに今日は
先に食餌をやることにして車を停める。コロにいつもくっつい
ている茶がまだ見えない。シェパードほどもあろうかと思われ
るコロが地面に転がって歓迎の挨拶。クロは相変わらず手元か
ら三十センチ位離れたところで盛んに尻尾を振っている。

 瀬戸大橋の壮大な姿を正面から眺めることができる唯一の場
所ということもあって、ウィークデーと言えどもかなりの車が
駐車している。しかし人の姿が見えない。

 道路からすぐ下は五十メートルほどの切り立った崖のように
なっている。五メートルほど下のところに幅五十センチくらい
の排水路が通ってはいるものの、普段人が歩けるようなところ
ではない。

 その排水路のところに五人くらいの二十歳代の男女が段ボー
ル箱を囲んでしゃがんでいた。いつも犬缶とドライフードを預
けておくおじいさんが背後から急に話しかけてきた。
夕闇迫る!
 「昨日からここに棄てられてるんですよ、まだ小さいのに。
  ドライフードをあげたけど、食べなかった・・・」


 オフホワイトの母犬らしい小型犬と、その子供の仔犬がかな
りいるようであった。胡桃たちのことも気になっていたので、
急いで犬缶を五個ほど開けて、道の上から下の青年たちに取り
にきて貰う。

 「一時間くらいでまた戻ってきますから、この食餌をすみま
  せんが、あげて下さい」

 「いつもきている方ですね、解りました」
 青年たちに餌を預け、登山道から胡桃たちのいる有料道路へ。
太郎と権兵衛そして胡桃が住居の手前五十メートルのところま
で出てきて、いつも通り車に随走しての歓迎である。仔犬たち
四頭も元気でよく食べてくれる。

 太郎が今日は尻尾を振りながら手をぺろぺろとなめてくれる。
大五郎が鼻をくんくん鳴らして手をしゃぶりにきた。風もなく
穏やかな午後であった。

 簡易住居の中を熊手で清掃し、二、三日分の食餌を準備して
から山を下りる。先刻の青年たちはもういなかった。大型のプ
ラスチック容器に犬缶を十個ほど開け、もう一つにはドライフ
ードを。水を入れる容器がない。
五頭の天使
 胡桃たちの食餌用の大きなタッパーウエァーに水を張り、臨
時の水桶に。片手でバランスを取りながら仔犬たちがいる崖下
へ三往復。胡桃たちにいつも置いておく二十個のパンから半分
をくすね、母犬のところに持って行く。

 丁度胡桃と同じ大きさの母犬であった。段ボール箱の中に折
り重なるようにして五頭の仔犬が眠っていた。仔犬を抱き上げ
てみたが、母犬はじっと尻尾を振っているだけで別に怒りもし
ない。それどころか顔をなめにくる。首輪もしている。ただ、
がりがりに痩せていた。生後一か月くらいの可愛い仔犬が五頭、
なにも解らずにすやすやと眠っている。

 段ボール箱の上にバスタオルが掛かっていた。箱の中には使
い捨ての懐炉が二個、そして箱の横には「犬小屋です。つぶさ
ないで下さい」の文字。

 じっとお座りをして私を見ている母犬の顔を正面から見るこ
とができなかった。今夜、もう一度毛布と食餌とミルクを持っ
てくる約束をして車に飛び乗り、後ろも見ずに帰ってきた。