五色台の野生児たちと付き合って早一年になろうとしている。
三十才でビーグル犬を飼い始めてからもう十八年。親父の代か
ら考えると四十年は軽くワンちゃんたちと共に過ごしてきたこ
とになる。
しかし、五色台の野生児たちがこの一年間に教えてくれたこ
とは、おそらくどの愛犬書にも書かれていないことであるよう
な気がする。
犬としての基本的な性格は家庭犬も野良もそれほどの差はな
いように見えるものの、食餌と生活上の安全を始めとする種々
の便宜が計られている家庭犬と、何の保証もない野良とでは、
同じように見える一つの行動でもじっと観察してみると、まる
で意味の違う行動であることも、少々ではあるが理解できるよ
うになってきたと思っている。
一番驚くのは、食餌である。家庭犬、特に私の家の子供たち
は、欲しい物を欲しいだけ、それどころか、自分の食餌が終わ
っていてどんなにお腹がパンパンになっていようとも、私の食
膳に付き合い、できるだけ美味しいものにありつこうと努力す
るのが常である。
しかし野生児たちは違っていた。どんなに多量の食餌を食器
に盛り上げていても、お腹が一杯になると、それ以上は決して
食べようとはしなかった。
それでも尚、パンなどを与えると、犬本来の行動の通り、そ
れらのパンを隠しに行くのであった。
家庭犬の場合も、ソファーの下とか、机の後ろなどに一応は
隠そうとするものの、隠した物を取り出して次の時に食べるな
どという行動は、先ずないに等しいようである。
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もっと詳しく説明すると、家庭犬の食糧を隠すという行動は、
非常食という意味は殆どなく、余り美味しくない物だから、食
べずに隠すという意味あいの方がはるかに強いということであ
るように思えた。
一方野生児たちの方は、食べ過ぎて身動きができなくなる危
険から身を守るため、不意の敵にたえず備えるという自然の防
衛本能が働いているように見受けられた。もっと言えば、健康
管理ということを本能的に実践しているのかも知れない。
また、家庭犬にみられる依存心は、野生児たちには殆ど存在
していない。ただ原始本能的な忠誠心或いは順列ということが
顕著に見受けられる。
家庭犬・野生児たちどちらにも共通していることは独占欲、
特に上位者に対する独占欲は、全く共通であった。また順列に
関しては、家庭犬の場合はかなりいい加減なところがあるもの
の、野生児たちの間では、父親・母親・体格のいい仔犬・体格
の劣る仔犬・父母の兄弟犬という順番が厳として存在していた。
また犬に関してよく言われる「人に媚びる」などという行動
は野生児たちの場合皆無であった。
食餌を持っていくと、全身で喜びを表現してはくれるものの、
食餌が終わると、親犬たちはテリトリーの点検に出かけ、仔犬
たちは住居の奥深くで眠るのが常であった。
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