週初めから逢うことができないでいるさくらのことが昨夜か
ら気に掛かっている。一番に車のところに駆け寄ってくるさく
らがこの三回ほど姿を見せない。女房殿にも私の気持ちが解っ
たのであろう、大入りのドーナツ袋を三パック買ってきてくれ
る。
午後四時前、パン・犬缶・ドライフードの食糧をトランクに
積み込み五色台へ向かう。朝から曇っていた空が段々暗くなっ
てきている。一面に灰黒色の雲が広がり、海も霞んでいた。登
山口からの急な坂道の両側に咲いていたタンポポの黄色い花も
散り、濃い緑以外の色は何もなかった。
料金所を通り、自然科学館への急な坂道を太郎たちに聞こえ
るようにいつもよりエンジンを吹かしながら登り、大きくコー
ナーを曲がった時、不安を打ち消すかのようにさくらが車めが
けて全力で走ってきているのが目に入る。
さくらの横には太郎と権兵衛・・・・・! 食餌の用意をさ
せてくれないほど、さくらが私にじゃれついてきて離れない。
やっとドーナツの袋を開き、さくらに一個、太郎にも一個、
そしていつも要領の悪い権兵衛にも一個。二個目は太郎とさく
らが飲み込むように食べてしまう。
さくらと権兵衛の食器に食糧を盛り付けている間に太郎が食
糧ケースに頭を突っ込んで食べている。
ほっと一息、胡桃の旧居に腰掛けて三頭の食餌を見守る。食
餌を終えたさくらが尻尾をやや下げて潅木の茂みの方に向かう。
「さくら!」
呼んでみる。私の方を見つめ、やはり茂みへと向かう。食後
はいつも原っぱで寝そべり、ずっと私の方を見ながら尻尾を振
っていたさくらが呼んでも帰ってこない。
後をつけることにする。しかし走ることのできない私を振り
切るのは実に簡単であった。二十メートルも行かない内に、さ
くらを見失う。
辺りを探して見ても、まるで解らない。子供を育てているの
であろう。車の音を聞き分けて出てきてくれたのである。今度
の給餌からはミルクを持ってくることにする。
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峠下の茶たちは出てこなかった。何度も何度も口笛を吹き、
坂の上に登り大きな声で呼んでみても、誰も出てこなかった。
三、四ヶ所に分けて食餌を置き、岬のクロのところへ・・・
クロも不在であった。歩道の石垣に腰掛け、ちびの棄てられ
ていた辺りをじっと見つめる。一昨日の食餌が少しだけ残って
いた。岬の駐車場にいつも屯しているオートバイ族も今日はい
なかった。僅かに釣りにでもきたのであろう、車が三台ほど停
まっている。
自動販売機からホワイトウオーターを買い、喉を潤す。峠下
に通じる道の方からクロがものすごい勢いで駆け上がってくる。
鼻をキュンキュンならして私の周りをグルグルグルグル。用意
したドーナツと犬缶を嬉しそうに食べてくれる。
クロの食べる様子を見ていた時、コロと茶が峠下の道からク
ロと同じ様に駆け上がってきていた。コロも茶も元気にドーナ
ツを食べ、歩道脇の石垣に置いた食餌をゆっくりと食べてくれ
る。
ほっとした途端、生暖かい風に吹かれていた身体中から生汗
が出はじめる。
エンジンを掛け、もう一度峠下に名無しと子供たちを探しに
出掛ける。やはりいない。仔犬を埋葬した土手のお墓の周りに
は雑草が生い茂りはじめていた。
再び岬に向かう途中で車を追いかけてきていたコロと茶に出
合う。窪地に車を止めコロと遊ぶ。もう一度、岬のクロの顔を
見て帰路につく。
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