終わりのない哀しみ



6月26日 土曜 曇り
 一週間近く続いた雨のため、五色台の野生児たちへの給餌が 
予定通りできなかつた。夢の中に、私の左に座りご飯を手から
食べている胡桃くらいの大きさの雑種犬が出てきて目覚める。
太郎たちにも随分逢っていないような気がする。

 晴れたり曇ったり、今にも降り出しそうになったりする空を
眺めながら食餌の準備をする。犬缶をパンとドライフードに混
ぜる作業の間中、大五郎とまだ名前もつけていない仔犬が足元
に寄ってきてしきりにおねだり。

 結局犬缶二個をぺろりとたいらげる。いつも通りの時間に合
わせて、午後二時四十分出発。

 三時半、山頂の駐車場に着く。一台の車も停まっていない。
太郎も権兵衛もさくらも、出迎えてはくれなかった。

 雨で流されないようにトイレの裏の軒下に置いていた食餌の
寿司桶は奇麗に空っぽになり、ワン君の足跡が残っていた。

 周辺に置いてあった食餌も見事になくなっていた。持参の食
餌を太郎たちへの合図の口笛を吹きながら盛り付け、所定の場
所に運ぶ。
 太郎たちは出てこない。いつもながら一番嫌な展開である。
芝生広場に出てみても、胡桃の旧居に座ってじっと待ってみて
も、太郎も権兵衛も出てきてはくれなかった。当てもなく車に
乗り、十分ほど近くを探してみる。いる筈はない。

 もう一度駐車場に登る。急カーブを曲がり、視界の中に雑草
の間から駐車場の先端が入ってきても、いつも跳び跳ねるよう
にして出迎えてくれる野生児たちの姿はなかった。車を止め、
食餌を置いた木立の間を覗いてみる。

 太郎が食べていた。十メートルほど離れたマウンドの裾で権
兵衛がこちらを向いて座っていた。温度計が三十度を指してい
る。

 窓を開けた途端むっとするような熱い空気が流れ込んでくる。
アスファルトの照り返しで恐らく四十度以上にはなっているの
だろう、頭から汗が吹き出す。

 さくらはやはり出てこない。太郎の好物のチーズとビーフの
入った犬缶を急いで開け、トレーに乗せて日陰に置く。元気そ
うであった。何事もなかったかのような優しい眼差しで私の顔
を見ている。権兵衛も暑いのだろう、舌を出して早い呼吸のま
ま私の前で座っていた。
岬のボス「コロ」
 岬では珍しくクロとコロが揃って出迎えてくれる。鼻をキュ
ンキュン鳴らして甘えるクロ。当たり前だと言わんばかりに傍
にきてゆっくりと食餌をするコロ。風が少し出てきたのだろう、
海がうねり始めていた。

 峠下には茶、名無しそして仔犬が暑いのだろう、長くなって
いた。海からの風が松林で遮られ、日陰の殆どない窪地はうだ
るような暑さであった。

 いつも食餌時上空を舞うカラスさえ、この暑さのためだろう
か、声さえ聞こえない。先日来三頭いた仔犬が一頭だけになっ
たままである。もう二週間は経っただろう。巣別離なのか、そ
れとも・・・・・いつもぶつかる限界との闘いなのだろうか?

 元気な姿を見た時の歓び、そしてそこにいない仔犬やさくら
たちの安否・・・・・果てしない奈落と、陽光の降り注ぐ楽園
とをいつも同時に見なければならない、悲しみと哀しみに押し
潰されながらの五色台の野生児たちとの心の会話・・・・・

 いつ果てるのだろう・・・・・。