想い遥かに!



11月1日
 茜色に染まる空の中にくっきりと黒い稜線を浮かべている五
色台に向かい車を走らせる。なだらかに右側に下がって行く稜
線が海に消えるところ、そこが岬のクロとコロの住処である。
風もなく穏やかな夕暮れを迎えていた。水銀灯に照らされた岬
の駐車場はもう冬であった。生い茂る名もない草と樹々を彩る
紅い木の葉がなければ。

 車を降りるのと同時にコロが跳んでくる。食餌よりも先ず身
体をくねらせて甘える。クロが坂道を、やはり尻尾を振りなが
ら下りてくる。

 一メートルほど離れたところに座り静かに顔を見つめている。
どうやら危機的な状態からは脱出できたようである。

 駐車場脇の縁石に座り、トレーに食餌の用意をする。軽く茹
であげた肉を二つの容器に均等に置き、缶詰を混ぜる。コロも
クロもおとなしく待っている。その上に食パンを細かくちぎっ
て置く。夕食の出来上がりである。

 十分に食餌を貰っているのであろう、余りがつがつしない。
コロは、缶詰の中からボイルした肉片ばかりを選り出してせっ
せと食べている。

 クロはちゃんと食べているのかと見てみると、クロも肉ばか
りを食べていた。病気を心配して生肉ばかりを食べさせたこと
が裏目に出たようである。

 それでも何とか食べてくれる。食餌の終わったコロが、しき
りにフェイントを掛けてきて遊びに誘う。一緒に走ってやるこ
とが出来ない。

 近くの遊歩道をゆっくりと歩き我慢して貰う。相変わらずお
腹をひっくり返して甘える。両手で腕を抱え込んで甘咬みをす
ることも覚えたようだ。元気いっぱいである。
 窪地の食糧には手が付けられていなかった。崖下の大きな容
器に山盛りのドライフードも減ってはいない。茶のいるような
雰囲気も、名無しがのっそりと出てくる様子もなかった。

 六頭の仔犬たちの騒々しい啼き声も聞こえては来ない。窪地
一面に散らかっていたお弁当の包みや、その他の食糧を包んで
いたであろう包装紙も、綺麗になくなっている。茶や名無し、
そして仔犬たちの生きていたという痕跡さえも見当たらない。

 忽然と消えてしまったワン君たち・・・・・野生児たちとの
つきあいでは、いつかは訪れるであろう突然の別れが、窪地に
はあった。


 どうやって探しても、何夜をかけて探しても決して見つけだ
すことの出来ない別れがあった。


十年前の貯木場のときも、そしてみるくに始まり胡桃も、太郎
も権兵衛も・・・・・みんな何もいわずいなくなった。

心の中に大きな想い出と優しい顔つきを残して・・・・・突然、
闇の中に消えていった・・・・・

 缶詰とドライフードでトランクを一杯にして冬に備えている
のに・・・・・


 出会いと別れ、明確な形を取らない別れがこんなにたくさん
あることを、こんなにも突然に訪れる寂しさがあることを、い
ま一人噛みしめる・・・・・

 五色台がそこにある限り、心の中にいのちの炎が燃え続ける
限り、五色台の野生児たちの物語はかたりつづけられる・・・

 澄み切った哀しい瞳の面影がある限り・・・・・