茜色に染まる空の中にくっきりと黒い稜線を浮かべている五
色台に向かい車を走らせる。なだらかに右側に下がって行く稜
線が海に消えるところ、そこが岬のクロとコロの住処である。
風もなく穏やかな夕暮れを迎えていた。水銀灯に照らされた岬
の駐車場はもう冬であった。生い茂る名もない草と樹々を彩る
紅い木の葉がなければ。
車を降りるのと同時にコロが跳んでくる。食餌よりも先ず身
体をくねらせて甘える。クロが坂道を、やはり尻尾を振りなが
ら下りてくる。
一メートルほど離れたところに座り静かに顔を見つめている。
どうやら危機的な状態からは脱出できたようである。
駐車場脇の縁石に座り、トレーに食餌の用意をする。軽く茹
であげた肉を二つの容器に均等に置き、缶詰を混ぜる。コロも
クロもおとなしく待っている。その上に食パンを細かくちぎっ
て置く。夕食の出来上がりである。
十分に食餌を貰っているのであろう、余りがつがつしない。
コロは、缶詰の中からボイルした肉片ばかりを選り出してせっ
せと食べている。
クロはちゃんと食べているのかと見てみると、クロも肉ばか
りを食べていた。病気を心配して生肉ばかりを食べさせたこと
が裏目に出たようである。
それでも何とか食べてくれる。食餌の終わったコロが、しき
りにフェイントを掛けてきて遊びに誘う。一緒に走ってやるこ
とが出来ない。
近くの遊歩道をゆっくりと歩き我慢して貰う。相変わらずお
腹をひっくり返して甘える。両手で腕を抱え込んで甘咬みをす
ることも覚えたようだ。元気いっぱいである。
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窪地の食糧には手が付けられていなかった。崖下の大きな容
器に山盛りのドライフードも減ってはいない。茶のいるような
雰囲気も、名無しがのっそりと出てくる様子もなかった。
六頭の仔犬たちの騒々しい啼き声も聞こえては来ない。窪地
一面に散らかっていたお弁当の包みや、その他の食糧を包んで
いたであろう包装紙も、綺麗になくなっている。茶や名無し、
そして仔犬たちの生きていたという痕跡さえも見当たらない。
忽然と消えてしまったワン君たち・・・・・野生児たちとの
つきあいでは、いつかは訪れるであろう突然の別れが、窪地に
はあった。
どうやって探しても、何夜をかけて探しても決して見つけだ
すことの出来ない別れがあった。
十年前の貯木場のときも、そしてみるくに始まり胡桃も、太郎
も権兵衛も・・・・・みんな何もいわずいなくなった。
心の中に大きな想い出と優しい顔つきを残して・・・・・突然、
闇の中に消えていった・・・・・
缶詰とドライフードでトランクを一杯にして冬に備えている
のに・・・・・
出会いと別れ、明確な形を取らない別れがこんなにたくさん
あることを、こんなにも突然に訪れる寂しさがあることを、い
ま一人噛みしめる・・・・・
五色台がそこにある限り、心の中にいのちの炎が燃え続ける
限り、五色台の野生児たちの物語はかたりつづけられる・・・
澄み切った哀しい瞳の面影がある限り・・・・・
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