流 れ 雲



12月22日
 冷たく肌を射すような風が吹きすさび、木立の間からは悲鳴
にも似た木枯らしの合唱が、休む間もなく津波のように押し寄
せてくる。

 アッと言う間に通り過ぎて行こうとしている一九九三年! 
悲しみに明け、哀しみに暮れた一年でもあった。通りすがりの
景色のように儚く消えていった数多くの不幸な境遇の犬たちを
想い、その犬たちに贈るレクイエムも、今は哀しみの中に深く
沈み込んでいる。

 消えていった犬たちは、いつも同じ目を持っていた。優しく、
哀しくそして縋りつくような澄み切った深い色の目であった。


 登山道路の途中で出会った黒と甲斐! ちぎれんばかりに尾
を振り、与えられた犬缶を貪り、じっと座って去って行く車を
見送ってくれた二頭!

 大きな白い身体を小さく丸めながら一度に缶詰を八個も食べ
てまだ空腹を訴えた白! 

 茂みの中から不意に跳び出してきて、両前肢で私の脚を抱え
込み大きな丸い目を思い切り見開いて見つめていた宇宙人! 

 膝の間に座り、まるで母親の胎内で眠っているかのように目
を閉じて身体を預けてきたちび黒!
 

 どの子供たちも暖かい体温を私の手の中に残したまま、五色
台の三角ゾーンの入り口で忽然と消えてしまった。自分の生い
立ちを語ってくれる暇も、人間との交わりの中で得られるであ
ろう信頼と愛情を再び取り返すだけの時間も与えられないまま、
彼らは私の視界から跡形もなく消えてしまった。

 どの子供たちもそうであった。誰も、一言の恨み言も言わな
かった。哀しく優しい眼差しで尾を振ってくれただけであった。
 どれほど彼ら犬族のことを学んでも、どれほど沢山の食餌を
トランクに詰めていても、彼らを救うことはできなかった。学
べば学ぶほど、触れ合えば触れ合うほど、より大きな壁が眼前
に立ちはだかり、自らの小ささを教えられるだけの一年でもあ
った。

 助けられた子供たちは僅かに一握りである。立ちはだかる巨
岩に、例え蟻の一穴でも開けることができれば、恨み言の一つ
を言うこともない彼ら野生児たちから一言の苦言でも聞くこと
ができれば、そう想い続けてきた一年の歳月が後ろに消えて行
こうとしている。

 哀しみの一ページを書き加えなければならない。

 山と山が寄り添い、重なり、そして連なった五色台!

 変わることのない優しさと厳しさを内に秘め泰然と佇んでい
る五色台、その一角を占める野生児たちの三角ゾーン!

 松と蜜柑の木に守られた五色台の三角地帯に音もなく消えて
いったもの言わぬ友人たち!

 私に彼らを支える力はない、知恵もない。ただ哀しむことし
かできない。季節が周り、風が走り去る。消えていった子供た
ちの姿は消えない・・・・・


 冷たい空の下でなだらかな曲線を描く五色台の稜線から、ち
ぎれた雲が流れてくる。

 その一つ一つの雲の中に、子供たちの顔が見える・・・・・