予定より一時間早く披露宴の司会を終わり、午後五時前に帰
宅。大政所が買い物で外出中のため鍵がない。仕方なくトイレ
の窓からタキシード姿で侵入。
洋服を脱ぎ捨てGパンに着替えるのももどかしく食餌の準備。
梅雨入りしたとはいえ今日は朝から太陽がぎらぎらと照りつけ
ている。二日間給餌に行っていないことも手伝ってか、気ばか
りが妙に焦る。余り手際がいいとは言えないまでも五時過ぎに
は食餌の準備も終わり、車上に。
街中はかなり人で混んでいたが、行き交う車の量は少なかっ
た。五時四十分、自然科学館到着。太郎はお得意のジャンピン
グ・バウ、さくらは八の字を書くように私の周りを走り抜けて
歓んでくれ、権兵衛は少し離れたところから尻尾を振りながら
けたたましく吠えて出迎えてくれる。
観光客のいない駐車場での給餌は、思い切りのんびりと楽し
い時間を持つことができる。
満腹後の太郎の散歩に付き合い芝生広場の方に足を向ける。
緑一色の芝生広場に長い長い影を落としながら澄んだ山の空気
を胸一杯に吸い込む。雑木林に入ってゆき、胡桃の手掛かりが
落ちていないだろうかときょろきょろしてみながら大声で名前
を呼んでみる。返ってきたのは有料道路を走るオートバイの爆
音だけであった。
峠下の茶たちのところへ行く時間が迫っていた。車に乗り込
みゆっくりとスタートさせる。角を曲がろうとした時、散歩か
ら帰ってきた太郎の姿がバックミラーに映る。
駐車場から五十メートルほど下がったところで車を止めて土
手の方を見てみる。身動きもしないで車の方を見つめている太
郎と目線があう。
一、二歩、太郎が歩み寄ってくる。車の方を見つめたまま動
こうとはしない。
「またくる!」いつもの言葉を残して、見送ってくれる太郎と
別れ峠下の茶たちの住居に向かう。
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道路沿いの窪地に車を止め口笛を二、三度吹く。ミカン畑の
斜面をコロと名無しの二頭が駆け下りてくる。このところコロ
は茶たちの住居に居候していることが多いようだ。雄ならでは
の特権であろうか!
茶と子供たちが出てこない。遠くで犬の声がする、食糧の調
達にでも出掛けているのであろう。お腹を見せて甘えるコロと
暫くじゃれあう。
今度は岬のクロの食餌である。日曜日は瀬戸大橋見物の観光
客でごった返しているだけに、クロとゆっくりと過ごすことが
できない。一人で留守番をしているクロにはビーフ缶を一個多
く開けてやる。少し風が出てきて寒くなる。二十度迄気温が下
がっていた。
道路脇に腰掛けてクロの食餌を見守る。夕日に照らされた波
が銀色に光ってまぶしい。行き交う船が今日は何となくのんび
りと海の上を滑っているように見える。
ほんの一瞬、刻の流れが止まったかのような錯覚に陥る。
車を高松に向け海岸道路を下がっていた時、向こうから走っ
てくる茶色の雑種犬を見つける。体格が胡桃にそっくりであっ
た。すれ違った時、「胡桃だ」と思った。
車を止め「くぅるぅー、くるみぃー」と呼ぶ。首輪をして奇
麗に手入れされているその犬が立ち止まり、そのままの姿勢で
車の方を見つめている。目を凝らしてもう一度その犬を見る。
胡桃ではなかった・・・・・
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