雨上がりの太郎



6月9日 水曜 快晴
 午後三時半、久方振りに大政所手作りの炊きこみご飯をたっ 
ぷりと食器に詰めて五色台の野生児たちに逢いに出掛ける。昨
夜来の豪雨も上がり快晴微風、しかも気温は二十三度前後と絶
好のコンディションであった。

 休日のせいであろう道路はがらがらであった。真っ青な空に
濃緑色の五色台の山並みがくっきりと輪郭を描いていた。自然
科学館横の駐車場までのアクセス道路の両側は黄色い花をつけ
たタンポポで飾られ、サンルーフからの風が樹々の濃い香りを
運んでくれていた。

 雨に洗われて一層緑を濃くした駐車場は県外ナンバーの乗用
車でほぼ満杯であった。いつも通りに出迎えてくれた太郎と権
兵衛に話し掛けながら持参の寿司桶に炊きこみご飯をたっぷり
と盛り付け、姿の見えないさくらを呼んでみる。

 二度三度、鋭く合図の口笛を吹いてみたものの、さくらの出
てくる気配はなかった。

 食餌を待ちかねた太郎が低く催促の唸り声をあげていた。い
つものビーフ缶とドライフードの食餌ではないことがもう解っ
ているのであろう、地団駄を踏んでの催促である。

 太郎も権兵衛も食器から顔を上げようとしない。およそ五、
六頭分の量はあるはずである。太郎の横腹がかなり膨れている。
胡桃たちがいる時には殆ど毎回の給餌が炊きこみご飯であった
せいだろう、今日は実によく食べる。

 殆ど空になった寿司桶に用意してきたドライフードとビーフ
缶の食餌を盛り付け、潅木の根元に置く。太郎たちは食後の散
歩である。

 もう一度胡桃たちの旧居跡を覗いたり、周辺を歩きながらさ
くらを探してみる。やはり出てくる気配はなかった。ミルクに
始まり、胡桃そして今度はさくら、人懐っこいメスばかりがい
なくなる。
 脳裏に浮かぶ不安を打ち消しながら駐車場を後にコロたちの
ところへ向かう。一昨日は遭えなかった茶も名無しも元気に駆
け寄ってきてくれた。勿論居候のコロは一番にじゃれついてく
る。

 仔犬が一頭しか見えない。日陰に陣取りコロたちの食餌を見
守る。からすのえんどうの紫色の可憐な花も殆ど散っていた。

 食餌を終えたコロたちが窪地でゴロゴロと食後の休息をとる
のを見ながら峠のクロに食餌を運ぶ。クロも変らず元気であっ
た。二十組ぐらいの若いカップルが、クロに食餌を与えている
私の方を珍しそうに見つめていた。

 夕涼みを兼ねて今日の御成婚記念に点灯される瀬戸大橋の夜
景を見にきたのであろう。軽食を売る屋台も出ていた。

 前回の給餌の時と同様クロとゆっくり遊ぶことができないま
ま帰路につく。海岸道路をゆっくりと下りながら窓を開け、理
由もなく口笛を吹く。前方から胡桃によく似た雑種の小型犬が
近づいてきた。一昨日逢ったワン君である。

「胡桃っ!」

 違っているのを解っていながら呼んでみる。立ち止まって私
を見つめている。明日、何とか時間を創ってさくらに会いにい
こう。

 何故かは解らないものの、木枯らしのビュウビュウ吹いてい
た冬の季節が懐かしく思えた。