午後三時半、久方振りに大政所手作りの炊きこみご飯をたっ
ぷりと食器に詰めて五色台の野生児たちに逢いに出掛ける。昨
夜来の豪雨も上がり快晴微風、しかも気温は二十三度前後と絶
好のコンディションであった。
休日のせいであろう道路はがらがらであった。真っ青な空に
濃緑色の五色台の山並みがくっきりと輪郭を描いていた。自然
科学館横の駐車場までのアクセス道路の両側は黄色い花をつけ
たタンポポで飾られ、サンルーフからの風が樹々の濃い香りを
運んでくれていた。
雨に洗われて一層緑を濃くした駐車場は県外ナンバーの乗用
車でほぼ満杯であった。いつも通りに出迎えてくれた太郎と権
兵衛に話し掛けながら持参の寿司桶に炊きこみご飯をたっぷり
と盛り付け、姿の見えないさくらを呼んでみる。
二度三度、鋭く合図の口笛を吹いてみたものの、さくらの出
てくる気配はなかった。
食餌を待ちかねた太郎が低く催促の唸り声をあげていた。い
つものビーフ缶とドライフードの食餌ではないことがもう解っ
ているのであろう、地団駄を踏んでの催促である。
太郎も権兵衛も食器から顔を上げようとしない。およそ五、
六頭分の量はあるはずである。太郎の横腹がかなり膨れている。
胡桃たちがいる時には殆ど毎回の給餌が炊きこみご飯であった
せいだろう、今日は実によく食べる。
殆ど空になった寿司桶に用意してきたドライフードとビーフ
缶の食餌を盛り付け、潅木の根元に置く。太郎たちは食後の散
歩である。
もう一度胡桃たちの旧居跡を覗いたり、周辺を歩きながらさ
くらを探してみる。やはり出てくる気配はなかった。ミルクに
始まり、胡桃そして今度はさくら、人懐っこいメスばかりがい
なくなる。
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脳裏に浮かぶ不安を打ち消しながら駐車場を後にコロたちの
ところへ向かう。一昨日は遭えなかった茶も名無しも元気に駆
け寄ってきてくれた。勿論居候のコロは一番にじゃれついてく
る。
仔犬が一頭しか見えない。日陰に陣取りコロたちの食餌を見
守る。からすのえんどうの紫色の可憐な花も殆ど散っていた。
食餌を終えたコロたちが窪地でゴロゴロと食後の休息をとる
のを見ながら峠のクロに食餌を運ぶ。クロも変らず元気であっ
た。二十組ぐらいの若いカップルが、クロに食餌を与えている
私の方を珍しそうに見つめていた。
夕涼みを兼ねて今日の御成婚記念に点灯される瀬戸大橋の夜
景を見にきたのであろう。軽食を売る屋台も出ていた。
前回の給餌の時と同様クロとゆっくり遊ぶことができないま
ま帰路につく。海岸道路をゆっくりと下りながら窓を開け、理
由もなく口笛を吹く。前方から胡桃によく似た雑種の小型犬が
近づいてきた。一昨日逢ったワン君である。
「胡桃っ!」
違っているのを解っていながら呼んでみる。立ち止まって私
を見つめている。明日、何とか時間を創ってさくらに会いにい
こう。
何故かは解らないものの、木枯らしのビュウビュウ吹いてい
た冬の季節が懐かしく思えた。
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